コラム

本コラム欄では、八木書店の出版物に関わる紹介文や、『日本古書通信』編集長の日記、会社の歴史などを掲載いたします。ぜひご覧ください。

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  • 相場速報を月二回【創業者 八木敏夫物語3】

    昭和9年1月、八木敏夫は5年勤めた古書店一誠堂を辞め『日本古書通信』を創刊した。古書市場の相場をニュースの中心にする新聞だ。 1月25日の創刊号は16ページ。主幹八木は「多岐多端なる実際的相場を迅速正確に」「自らの目で見、耳で聞くかの如く知らしむるをその任務と目的とする」創刊の辞を書いた。東京外語の […]

  • 千首和歌が仙洞官庫に永久保存! 文芸活動にいそしむ綱吉の側用人、柳沢吉保

    楽只堂年録 第5【史料纂集古記録編182回配本】 徳川第5代将軍綱吉の側用人、柳沢吉保(1658-1714)の公用日記、刊行! 本巻には、宝永元年(1704)正月から同2年3月までを収録しました。吉保47歳から48歳の年にあたります。 2月、吉保継嗣吉里が酒井忠挙女頼子と婚姻。吉里の新居では「松に多 […]

  • 渡辺水巴の「曲水文庫」「曲水叢書」について 【日本古書通信 編集長だより2】

    「日本古書通信」2、3月号で大屋幸世氏が取りあげている『新俳句選』の編者・渡辺水巴(明治15年~昭和21年)は、その作品を読むと今の日本人が失ってしまった美質を備えた大変に素晴らしい俳人だと思う。 代表句といわれているものに次のような作品がある。   てのひらに落花とまらぬ月夜かな   かたまつて薄 […]

  • 自筆本『明月記』を補完する重要な史料「歌道事」を注釈!

      『明月記研究』14号を刊行いたしました。本号は、『明月記研究』刊行から20周年に当たる記念号になります。また、会の代表者である五味文彦先生の古稀・放送大学退官を記念して、会員より先生に感謝を込めて献呈する号でもあります。 今回の注釈では、一条兼良が『明月記』本文から和歌関係の事績を抜書 […]

  • 原稿受領から印刷所入稿まで【活版印刷の基礎知識2】

    原稿は、出版者(社)から著者に依頼するもの、著者が出版社に持ち込むもの、懸賞応募などの投稿原稿などがある。 原稿と企画決定は前後することがあるが、いずれにせよ、出版社内で企画決定されたもののみ、印刷所・製本所・取次配本・書店販売(現在、これを出版界では正規ルートと呼ぶ)という順序で、読者の手に渡るこ […]

  • 高買いトシドン【創業者 八木敏夫物語2】

    神保町を中心に、神田書店街は出来てきた。それは「人類がはじめて経験する巨大な図書館ともいえる」(脇村義太郎『東西書肆街考』昭和54年・岩波新書)。書物の大きな同業者町は世界にあるけれど、集中度、総合性で比較にならぬ世界一の”本のコンビナート”というわけだ。草分けの店の一つに「有史閣」がある。古本店か […]

  • 活版印刷術から印刷産業へ【活版印刷の基礎知識1】

    近代日本に於ける西洋式活版印刷術の起源は1848年(嘉永元)、本木昌造がオランダ船から鉛活字と鉄製手引き印刷機を購入したことに始まり、その後、普及・発展して1890年(明治23)には「東京活版印刷業組合」が参加企業百社によって組織されるに至る。 わずか30年ほどで、活版印刷は、個人の技としての「術」 […]

  • 丸善・雄松堂統合記念フォーラム「大学図書館の現実的な未来像」【日本古書通信 編集長だより1】

    去る10月27日、洋古書店雄松堂書店の新田満夫氏が82歳で亡くなられた。先代創業の古書店を世界を相手とする洋古書専門店に育て、また内外資料の複製やデジタル化などの出版事業も旺盛に展開されたヴァイタリティ―溢れた懸命の生涯であった。ただ、書物をめぐる環境の変化と将来を見据えて雄松堂と丸善との統合も取り […]

  • 円本から文庫本ヘ【創業者 八木敏夫物語1】

    岩波文庫の創刊は、昭和2年7月9日付『朝日新聞』に発表された。第1ページ目の上半分を使った大きな広告だ。当時の1面は広告になっていた。そのページを繰ると、次にジュネーブ軍縮会議の関連ニュースが載っている。 岩波の広告は「古今東西の典籍 自由選択の普及版 岩波文庫」とある見出しの次に、哲学者三木清と岩 […]