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コラム

歌舞伎に不可欠な「芝居唄」の数々を、使用された外題・場面の解説とともに初集成!―郡司正勝・浅原恒男『芝居唄: 歌舞伎黒御簾音楽歌詞集成』(文化資源社)

歌舞伎の舞台で演奏される唄は、その場面をより効果的に印象づけるために欠かせないことは、多くの方がご存じでしょう。しかし、現代ではその歌詞を聴き取り、理解できる方は少ないのが現状です。素晴らしい歌舞伎の舞台を盛り上げる芝居唄の歌詞が理解できれば、芝居がさらに深く楽しめると思いませんか? 本書はその実現を目指したものです。

「芝居唄」の歌詞の多くは、黒簾の演者たちにより「唄本」「附帳」と呼ばれる覚え書きの帳面として伝承されてきました。本書は初めて本格的な収集テキストとしてまとめられ、歌舞伎の音楽の側面の研究に欠かせない貴重な文献資料として刊行されます。しかし、歌舞伎は観て楽しむものであるのが原則です。そのため、本書には歌詞だけでなく、どの場面で唄われたかや、曲のジャンルなどの情報も丁寧に記載されます。例えば、明日観に行く舞台で流れる「芝居唄」を探すのに便利な三種の索引や、歌詞の意味を深く理解するのに役立つ脚注などが装備されています。学術的な専門書でありながら、「歌舞伎音楽用語一覧」「歌舞伎音楽関連文献資料目録」など、本書で研究に必要な資料をしっかり装備しつつ、一般の歌舞伎愛好家にも使いやすいよう編集されています。高度な専門知識を正確にまとめ、多くの人にとって使いやすい形で刊行します。多くの方に、長く利用される日本の文化資料出版であり、図書館必備の図書であることは間違いありません。   (文化資源社

 

刊行にあたって(抜粋)

この度「芝居唄」を刊行するに際し、ひとことご挨拶を申し上げます。
まず「芝居唄」という言葉の意味、考え方ですが、われわれ長唄の演奏家は「勧進帳」や「藤娘」などで、舞台に出て、役者さんのお芝居に合わせて演奏いたします。そのほかに、黒みすの中で、舞台を見ながら、そのお芝居や役者さんに合わせて演奏することも、大変重要な仕事となって居ります。その黒みすで、独吟も含めて、唄われる唄をひとまとめにして「芝居唄」ということになりましょうか。

この黒みすの中での、唄と三味線と鳴物による演奏にはさまざまな曲がございます。そこで唄われる唄を少し紹介しますと、

〽 隣り柿の木は十六、七かと思うてのぞきゃ、色づいたえ
〽 鮎は瀬に住む、鳥や木にとまる、人は情けの下に住む
〽 心づくしの秋風に、須磨の浦曲の浪枕

これらはみな、有名な黒みすの唄ですが、非常に人情味にあふれていて、昔の江戸の人たちは粋な、なんと素敵な人たちだったのだろうという気がいたします。われわれも、今ではなかなか使われなくなった言葉を聴くことが出来、「心づくしの秋風」などには、私も当たってみたいものだと思います。

本書は、こうした唄の、集めにくい歌詞を集めて、その唄が舞台でどのように使われるのか、言葉の意味まで解説した、他に類のない貴重なものです。この原稿をまとめられた故・郡司正勝先生をはじめ、編集に当たった方々に敬意を表するとともに、伝統歌舞伎保存会がこうして刊行できることを嬉しく思います。この「芝居唄」が歌舞伎における黒みす音楽へのご理解を深め、これからも歌舞伎が末永く継承され発展する一助となるよう願って、ご挨拶に代えさせていただきます。  (鳥羽屋 里長)

 

あとがき(抜粋)

本書はもともと、1983年(昭和58年)にある出版社が企画した『江戸音曲大成』(仮称)の中の一巻として執筆された原稿を書籍にしたものである。『江戸音曲大成』の企画は、昭和二年に中内蝶二らによって刊行された『日本音曲全集』を意識したものであった。後者は長唄、義太夫、常磐津、清元、箏曲などから謡曲まで、わが国の伝統音楽の詞章を集成し、解説と注釈を付した全十五巻の全集であったが、刊行後半世紀以上を経て入手しづらく、内容もやや古くなっていた。そこで新たに最新の研究成果を採り入れ、江戸期の音曲に絞って新たな全集を作ろうとしたのである。

その中に、郡司先生の強い希望で、『日本音曲全集』にはない「芝居唄」一巻が付け加えられたのは、先生が研究者としてだけでなく、古典歌舞伎の復活と演出にも携わられた中で、歌舞伎の下座音楽に強い関心を持たれたためではなかったかと憶測している。しかし、残念ながら『江戸音曲大成』の企画は実現しなかった。

そうした経緯で調査・執筆されたこの「芝居唄」の原稿がほぼ完全なかたちで残っていたのを、三十余年の時を経て今更ながら公刊することにしたのは、ひとえに、こうした歌舞伎の下座唄や独吟・めりやす、唄浄瑠璃などの詞章を集成した書物が他に見当たらないがゆえである。杵屋栄左衛門、望月太意之助、五世福原百之助、四世松島庄十郎など、実際に歌舞伎の黒御簾で演奏に携わられた各師が残された資料はあるが、さらに広く歌舞伎の台本類を博捜して、その中にちりばめられた歌謡の詞章を集めて解説と注釈を付した書物は、いまも他に見当たらないといってよい。郡司先生亡きいま、この三十余年前の未完成だった原稿を刊行することに、疑問と躊躇がないではない。がしかし、これはあくまで未来の研究者のための捨て石になってくれれば望外の幸せだとの思いによるものである。そのため、明かな誤字脱字はともかく、あえてなるべく元の原稿に手を加えずに活字化することにした。したがって、本書の内容についての責任はすべて編者にあり、ご批判やご指摘は甘んじて受ける所存である。(浅原 恒男)


〔書き手〕滝口富夫(文化資源社)、鳥羽屋里長、浅原恒男

〔初出〕郡司正勝(稿)・浅原恒男(編著)『芝居唄:歌舞伎黒御簾音楽歌詞集成(全3巻)』(文化資源社、2024)