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コラム

〈交通〉から日本の古代国家形成を考える 【自著解説】中野高行『古代日本の国家形成と東部ユーラシア〈交通〉』

東部ユーラシアで展開された〈交通〉の実相を明らかにし、日本の古代国家形成にどのように作用したのかを考える。

経済・軍事・政治・文化を規定する〈交通〉という新しい視点

一般的に、人あるいは物が移動することと定義される「交通」について、石母田正は新たな概念として規定した。石母田による「交通」は、経済的側面では商品交換・流通・商業および生産技術の交流、政治的領域では戦争や外交をふくむ対外諸関係、精神的領域においては文字の使用から法の継受にいたる多様な交流だとする。石母田は、政治的領域(戦争や外交をふくむ対外諸関係)に注目し、対外的契機のうち外交や戦争の重要性を強調するだけでなく、経済的側面や精神的領域も重要視する。記録に残りやすい外交や戦争だけでなく、日常的に反復される生産・流通・交換・商業などの経済的側面、社会構築のツールである文字・法・礼など精神的領域の受容は、古代国家成立を論ずる際に見過ごせない要素だ。

妹尾達彦氏は、「広義の交通の諸機能」として、経済的機能、思想・社会的機能、政治・軍事的機能、外交的機能などを提示する。人間の生活をなりたたせる経済・軍事・政治・文化は、すべて「交通」によって規定されているといっても良く、「交通の歴史こそが人類史を読み解く鍵の一つとなる」と強調する。

〈交通〉の四つの機能とは何なのか

石母田の「交通」概念と妹尾氏の「広義の交通の諸機能」を総合し、さらに私見を加味すると、次のように整理される。

〔政治・軍事的機能〕戦争や外交をふくむ対外諸関係や交通網
〔経済的機能〕生産、土地利用の機能分化、流通・交換・商業、分業
〔思想・社会的機能〕自然界に対する人間界優位の確立、社会の緊密化
〔精神的機能〕慣習・文字・仏教・法・儒学・礼

本書『古代日本の国家形成と東部ユーラシア〈交通〉』では、このような広義の交通概念を〈交通〉と記して一般的な「交通」とは区別し、〈交通〉概念の諸機能・諸側面に注目しながら論を進めた。

交易の進展による国家形成の様態に注目する

「交易」の進展にともなう「市場」「人的ネットワーク」「統治システム」の形成は権力の成立に大きく関わり、外交交渉を含む対外関係(国家間の交流)の根幹を成す重要な研究分野であると考える。「市場」での秩序維持のために商取引(交換)の実効性を保証する強制力や、取引に伴う紛争を調停・仲裁する法的支配が発生し、これらが初期国家の権力として収斂していく。権力は「計算」や「法」に詳しい官吏に税収管理や行政執行を担わせて「人的ネットワーク」に組織していくが、これが初期国家の官僚機構として王権の権力基盤となっていく。「市場」で形成された「統治システム」は、最終的に国家運営の基本原則となり国家の政治的基盤になる。これらの動きを総合する〈交通〉の視点から、日本の古代国家形成の特徴を考えた。

東部ユーラシアで展開された〈交通〉は、日本の古代国家形成にどのように作用したのか

広義の交通概念である〈交通〉の諸機能それぞれに、本書『古代日本の国家形成と東部ユーラシア〈交通〉』の各章を対応させると以下のようになる。

〔政治・軍事的機能〕については、第一章で5・6世紀における東アジア世界の戦争と外交の実像を、第五章で7世紀後半の「唐・新羅戦争」前後における新羅と倭国の国制改革について考察する。
〔経済的機能〕については、第二章と第三章で西日本に構築された交易ネットワークについて、継体天皇の史的意義とあわせて詳述する。
〔思想・社会的機能〕については、第六章で8世紀前半の律令制国家が設置した高麗郡の様態について検討した。

〔精神的機能〕については最も多くの紙幅を割いた。付論1で律令制国家の胎動期における渡来系移住民(渡来人・帰化人)の諸相を整理・分析した。第四章では天智朝における天皇発願寺院の創建と正史の関係を探った。付論2では、『令集解』に見える明法家諸説に関する研究史を整理し、律令制国家の始動期から活躍した法律の専門家たちの史的意義と、律令受容の実相を概観した。第八章では、渤海国王宛慰労詔書に記された〈斗牛〉という語句の思想的背景を追求した。

付論3では、高校における朝鮮史教育の展望を検討する中で、ユーラシア大陸東部の交易ネットワークという視座がどのように取り扱われているのかについて確認した。

渡来系移住民の歴史的役割を、ソグド人と比較・分析する

くわえて、古代日本の国家形成における渡来系移住民が果たした歴史的役割を、東部ユーラシア世界で考えた。

渡来系移住民(渡来人・帰化人)たちは、大陸の先進文化(漢字・儒学・仏教・音楽)や先進技術(律令制度・税収管理・財務処理)を倭国(日本)にもたらし、朝鮮諸国や中国との外交や自然災害の被災地復興でも活躍した。これは妹尾氏が指摘するソグド人の機能のうち、軍人・宗教者(僧侶)・外交官・知識人・芸人等の役割と共通する。ソグド人の代表的な特徴である「商人」についても、流通・造幣や市場での活動をした渡来系移住民はその側面を有していた可能性がある。渡来系移住民とソグド人とを比較・分析することで多くの共通点が見いだせるのだ。

本書『古代日本の国家形成と東部ユーラシア〈交通〉』は、このような大局から見わたすことで、古代日本の国家形成の実相を知ることを目的としている。ぜひ一読していただきたい。


〔書き手〕
中野 高行(なかの たかゆき)

1960年、東京生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得中退、博士(歴史学)。日本古代外交制度史専攻。東京農業大学第三高等学校教諭・慶應義塾大学非常勤講師を経て、現職、大東文化大学非常勤講師。
[主要著作]
『古代日本の国家形成と東部ユーラシア〈交通〉』(単著、八木書店、2023年)
『古代国家成立と国際的契機』(単著、同成社、2017年)
『日本古代の外交制度史』(単著、岩田書院、2008年)