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コラム

企画展「秋聲全集物語」『徳田秋聲全集』記念鼎談報告(抄)

――編集の難しさ

大木 この全集では、第一期二期までの底本は初出を採用、第三期は初版本を採用しています。この底本に何を用いるかは編集委員の方針次第で、全集ごとに大きく異なる点ですね。

滝口 まず、編集委員の故紅野敏郎先生が初出主義だったことがあります。多くの作品の発表媒体である雑誌にはそれぞれに特色があり、読者層の影響などもある。そうして初めに出した形からどう変わっていくかを考えることに重点を置かれていた。第二期の随筆評論に関しては単行本が少なかったということもありますが、仮に多くあったとしても、時事的な発言などは特にリアルタイムな感想を大事にしたということもあります。

大木 作者の加筆により作品が変わっていくので、後から加えたものを作者の本当の意図として、後の単行本を最終的な作品と考える立場もありますね。ただ、作者が手を入れることが作品の完成度を高めるとも言い切れません。現行の岩波書店の『漱石全集』は、原稿に重点を置いています。

それに秋聲の場合は、そもそも作品の分類自体が難しいんですよね。創作か翻訳か翻案か、あるいは他者による代作かといった膨大なグレーゾーンを含んだ形で作品の多くが発表されているため、まずそれを分類し直すという作業があります。さらに秋聲の文章には悩まされる点が多く、たとえば漢字の使い方もユニークなのですが、秋聲には漢学の素養があって、彼なりの教養に従って書かれているのであながち間違いとも言えない。あるいは方言かと思わされるものもある。そういった迷いのなかで、一般的には直したほうがいいのだろうけれども、あえて直さずにおいたり…と、そのあたりをどう判断するか。

滝口 そういった意味でも、最終的に全集で作った本文がテキストとして一般化していく、というところを目指したのだと言えるかもしれません。初出と初版とを比較して、意味がわからないからといって安易に手を入れるのも良くないし、最低限、主な異同を巻末に記した上でどう取捨選択していくかが編集委員の先生方の大きな仕事のひとつであり、全集の価値にもなっていると思います。

――全集が完結して

大木 平成十八年、この完結した『徳田秋聲全集』に対して、第五十四回菊池寛賞が授与されました。秋聲は『仮装人物』で第一回を受賞していますので、この賞を二回とった稀有な作家と言えます。

最後に、この全集が完結した意義について、お聞かせください。

小林 秋聲研究の基盤が整ったというのが最も大きかったのではないでしょうか。この全集を使って、どんどん新しい成果が生まれてきています。大木さんが長い間をかけて関わった全集を利用して、『徳田秋聲の昭和』(平成28年、立教大学出版会)という一冊の研究書をまとめられたこと、また編集委員の紅野謙介氏と大木さんとの共編著で、『21世紀日本文学ガイドブック6 徳田秋聲』も間もなく刊行予定(次頁参照)とのことですから、それに続くように、全集をフル活用した研究がさらに発展してくれることを願います。

滝口 おそらく『秋聲全集』は、あの時代でなければ出せなかっただろうと思います。〝天の時 地の利 人の和〟、この三拍子が揃ったことで実現しました。もう少し遅れたなら、多くの作品を執筆した近代文学作家の全集を出すというのは不可能でしたし、読者もついてこなかったろうと考えています。それから徳田家と会社とが歩いて二十分の距離にあったことが大きな強みになりました。文化財を電話一本で貸し借りできるんですからね(笑)。そして何よりご遺族である徳田章子さんと、編集委員の紅野敏郎先生・松本徹先生、そして二十歳代からのお付き合いがあった当時中堅だった編集委員の先生方とご一緒出来たこと、さらに印刷・製本・紙屋の社長とも同世代の仲間で、この仕事を守っていけたことでしょうか。あ、それと会社のバックアップ態勢も忘れられません。

編集者というのはいったいに浮気者でして、実は作った本の後、売れ行き以外のことをはあまり考えないんですね。すぐに次の本のことを考える。そんななかで、この『秋聲全集』だけはきっと、生涯忘れられない本になるでしょう。

(文責 徳田秋聲記念館)

徳田秋声記念館発行『夢香山』平成29年3月20日より転載
http://www.kanazawa-museum.jp/shusei/mukouyama/pdf/mukouyama_09.pdf



大木志門(おおき しもん)

1974年東京生まれ。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程満期退学、博士(文学)。徳田秋声記念館、日本近代文学館を経て、現在山梨大学准教授。
主な著書に『徳田秋聲の昭和 更新される「自然主義」』(2016年、立教大学出版会)、『下萌ゆる草・オレンジエート山田順子作品集』(編著、2012年、龜鳴屋)、『21世紀日本文学ガイド 徳田秋声』(共編著、2017年、ひつじ書房)

小林修(こばやし おさむ)

1946年生まれ。実践女子大学名誉教授。日本近代文学専攻。
主な著書に『南摩羽峰と幕末維新期の文人論考』(八木書店、2017年)『徳田秋声全集』(八木書店:編集委員)、『争点日本近代文学史』(共編著、1995年、双文社出版)など。

 

 


滝口富夫(たきぐち とみお)

1955年東京生まれ。1973年、立教大学文学部日本文学科卒業と共に八木書店に入社。出版部に配属。2015年、定年退職後、嘱託として残留。現在に至る。近代文学作家の全集類および演劇・美術関係学術資料書を主として手がける。


徳田秋聲全集 第一期 小説(全18巻)
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/1216

徳田秋聲全集 第二期 随筆・評論他(全12巻)
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/1235

徳田秋聲全集 第三期 長篇小説(全12巻+別巻)
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/1249