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会計報告書が語る古代の社会

脚注に書かなかったこと【会計報告書が語る古代の社会 12】

奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。

『翻刻・影印 天平諸国正税帳』の編纂作業では、脚注に何を書くか、書かないかの線引きが大きな課題だった。読者の知識レベルを推し量りつつ、限られたスペースで的確な情報を提供するため、専門用語の説明をどこまで盛り込むか、はたまた省略するか、著者の試行錯誤が重ねられている。

注釈者にとっての難問は

『翻刻・影印 天平諸国正税帳』の脚注担当者の仕事は脚注を書くことである。自分の選択でも、他の担当者や編集者からの指摘でも、脚注が必要な事柄があれば、それに注を付ける。中には書けない項目もあるが、それは他の担当者に廻すなり、索引・辞典や用例を調べるなりして、なんとかする。どうしても分からなければ、将来を期して「未詳」と書く。

実は一番難しいのは、何を書かないかの選別である。これは推定読者の知識を推し量ることであるが、これが難しい。初歩的な用語に辞書にあるような説明を付けたら、読者に「馬鹿にするな」と叱られるのではないか。第一、注を書く空間は限られている。

大倭帳の冒頭、1行目

翻刻編3頁、大倭国大税帳本文のはじめの2行はこうである。

02大倭国大税帳 天平二年度

0「従七位継目裏書上行大目勲十二等中臣酒人宿袮古麻呂」

冒頭の02 は、本書(『翻刻・影印 天平諸国正税帳』)での帳簿番号。これによって各帳を呼ぶのに「天平二年度大倭国大税帳」ではなく、「02大倭」で済むようになった。尾張帳や駿河帳など年度の違う二帳がある場合の、「→」注記の表記が簡単になったのはありがたい。ただしこれは私だけかも知れないが、六年度尾張帳が07 、十年度駿河帳が09 などは、帳簿と年度を何度混同したかわからない。

天平二年当時存在したのは「大倭国」である。ただしこの国名は、正税帳類にはどこにもでてこない。現代の通称は「大和国」である。当時の表記にしたがって「大倭国」としよう。では「薩麻国」などはどうするのか、といった議論の結果は、凡例を参照いただきたい。便宜上とか、現代通用というのは簡単だが、具体的に決めるのは大変である。

「大税帳」も、本帳にはでてこない。ただし末尾に「以前収納大税穀穎并神戸租等数具録如前」(282)とある()内の数字は行番号である)。本帳が大税帳である説明も無用だろう。なお「天平二年度」については、各郡部の冒頭に前年度からの繰越の数字として「天平元年定大税穀伍仟弐伯玖拾伍斛捌斗漆升壱合」(27)などとある。また本帳の作成日として「天平二年十二月廿日」(283)と記してある。よって天平二年度の説明も無用。ただし会計年度は正月一日から十二月晦日までだろうが、十二月廿一日以降の当年度の支出についてどうしたのかは、未詳と書いた。

大倭帳の冒頭、2行目

「0」は行番号である。この行を指示するのに番号があったほうが便利であるから、別格として「0」とした。
「継目裏書」については、次のような脚注を付けた。

継目裏書 一二か所。便宜ここに掲示。

つまり「継目裏書」が何かという注は、付けていない。読者は知っていることだろう。 「従七位上」や「勲十二等」については、書きようが無いというのが正直なところである。「行大目」の「行」も注は無い。読者は官位相当制は知っているだろうし、それを書く紙幅も無い。

大目 大掾・少掾(284・285)とともに大倭国が大国(民部式上1畿内条)であることを示す。

も、大目や大掾が何であるかの説明は略した。正税帳での国の等級は、延喜式などの他の史料とは違っている場合があるので、この注を付けた。

中臣酒人宿袮古麻呂 他にみえず。帳末日下の署名は古麿(283)。

この人名は、将来木簡などで出てくるかも知れない。「中臣」とか「中臣酒人」とか「宿袮」の説明は、それなりにいろいろあるが、正税帳では不要だろう。「麻呂」と「麿」の違いは、この署名は誰が書いたのかという問題として面白いが、注に「面白い」とも書けない。

さて、ここまできて、やっと税帳原文がはじまる。

なお、これまでのコラムにかかわる出版物、榎英一著『正税帳読解』が八木書店より2026年1月に刊行される。ぜひご一読いただきたい。

【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』

・PDF試し読み

長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。

【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021


〔書き手〕

榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕

訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)

翻刻・影印 天平諸国正税帳

『正税帳読解』(八木書店、2026 年)

正税帳読解