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コラム

企画展「秋聲全集物語」『徳田秋聲全集』記念鼎談報告(抄)

――全集の構成について

大木 『秋聲全集』は巻立てが特徴的で、全三期構成をとっています。特に二期三期の作品は、歴代の全集に採用されなかったものがほとんどです。〝全集〟というと、すべての作品が載っているものと思い込みがちですが、多くの全集は載せるべきものが誰かによって選別されていて、当然そこからはじかれるものが出ます。一方この全集では、もちろんすべてではないけれども、出来る限りあらゆるジャンルの作品を収めることが目指されました。

ここから見えてくる新しい秋聲像とは?

小林 私は卒業論文で自然主義作家である藤村・花袋・秋聲の三人を取り上げました。当時の秋聲像というと、いわゆる自然主義を中心とした作家、との固定した見方がされており、歴代の全集もそういう方針で編集されています。しかし今回、第一期で初期からの秋聲作品を網羅したところ、秋聲が自然主義の作家になる以前、すなわち『新世帯』以前の作品が六巻分もあるということがわかり、初期からの秋聲の文業が初めて見えてきました。

それから第二期、秋聲自身が随筆は得意じゃないし好きじゃないと公言していますが、その時代に応じてかなり多くの文学的な発言をしています。「新潮」の座談会でも秋聲は常連でした。それらが第二期に初めて網羅され、小説だけでない作家の顔を見ることができるようになりました。

そして第三期、通俗小説を学術的全集にこれだけ収録したのは前代未聞のことですね。この全集刊行後、久米正雄や菊池寛、長田幹彦らの手がけた通俗小説の価値を見直すという機運が出てきたのも意義あることだと思います。

大木 とくに秋聲は没後も含めて随筆集をたった三冊しか出していませんので、個人的には第二期が最も興味深いものでした。第二期には索引もつけましたね。

滝口 当初、索引をつける気はなかったんです。ただある時、編集委員の宗像和重先生から、臨川書店が刊行中の『佐藤春夫全集』の最終巻に索引が付くということを聞きまして。だったらウチは各巻ごとにつけてやろう、と対抗意識丸出しで……(笑)。随筆評論巻の各巻ごとに、人名・作品・事項索引をつけました。

大木 キーワードで引けるということは、秋聲研究者以外でも、たとえば他の作家や作品だとか社会現象だとかについて、分野も問わず秋聲の発言から調べられるということです。そこに広がりが生まれてくるので、随分と大変な作業ではありましたが、頑張ってよかったなと思います。

滝口 それに秋聲は結構お芝居なんかも見ていてその劇評を書いたり、今年の収穫物のような形で文芸批評も書いています。秋聲が誰のことをどう書いているのかということが、その時代時代単位での文学的評価の一基準になるだろうと思っています。

大木 それから第三期については、これまでほとんど評価されずに読み捨てられてきた作品群でしたが、丹念に見ていくとこれが結構一生懸命書かれているんですよね。単なる原稿料稼ぎではなかった。もちろんいい加減に書き流しているものもありますが(笑)。

小林 全集編集当時、大学の研究休暇制度を利用して金沢に一年ほど住みました。その前に第三期に収めた秋聲の通俗小説『闇の花』の原稿が石川近代文学館にあるとのことで、解題を書くため金沢を訪れたのですが、秋聲に関しては金沢へ来ないとわからないと改めて実感しました。あらゆるところを歩き回り、主に伝記的な事項について調査し、その成果を最終巻の別巻に収録できたこともタイミングが良かったと思います。

滝口 別巻に雲平さん(秋聲の父)の「先祖由緒書」も収録しましたね。そのような資料が残っている金沢が幸せな町だと思いますが、それを見つけてきて、翻刻して載せた。そんな全集、ほかにないですよね。

大木 これも小林先生の調査で細かな家系図、しかも母方の家系図まで載せたのも、歴代の全集あるいは、他作家でも珍しい大きな特徴だと思います。秋聲は周辺人物を作品に登場させることが多いですから、モデル問題について考える際にも役立ちます。

こうして全三期と刊行を続けてきて、読者の反応はどうでしたか?

滝口 読者カードを見ると、意外にも研究者でない一般の方、とくにご年配の方が多く講読してくださっていることに驚きました。ただ、第二期の初め頃までは、来月もちゃんと出るよね?頑張ってね、と書かれていたものが、さすがに第三期ともなると、いつまで続くの?に変わってきましたね(笑)。

実は第一期と二期の間に半年空いておりまして、読者を繋ぎとめるために、八木書店古書部三階に完成したばかりの展示施設で徳田家所蔵の書簡を展示させていただいたこともありました。中でも、新発見の芥川書簡は、その自殺の遠因に繋がるものとして各社トップニュースにしてくれました。そうして話題になったおかげで第二期に進むことができました。