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会計報告書が語る古代の社会

端数の問題 【会計報告書が語る古代の社会 11】


奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。

古代日本の会計報告である正税帳には、穀物の「把」単位の端数処理や、出挙(すいこ)における貸し出しの不均衡、さらには穀倉の在庫確認での数値の調整など、現代では不審に思える記録がみられる。当時の実務における適切な判断や、書類上の数字操作の結果である可能性が指摘されており、当時の社会状況や会計慣行を考察する上で重要な手がかりとなる。

会計報告は辻褄合わせか

正税帳は会計報告だから、数字の辻褄合わせがあるだろう。しかし簡単に辻褄合わせとは言いきれない箇所もある。
出挙の貸し出しは、ほとんど穎稲の「束」単位である。それも5割の利息計算に便利なように、偶数の束単位が多い。ところが天平二年(730)度大倭国大税帳の十市郡では出挙稲に6把、城下郡では4把、添上郡では7把の端数がある。実はこれは、その郡が保有している全穎稲の端数である(全保有稲:出挙稲)。

十市郡 1790束6把:1140束6把
城下郡 5536束4把:2657束4把
添上郡 4158束7把:2535束7把

これは倉か帳簿を管理している者が、目障りな「把」数を消してしまいたいと思って、希望したわけではない者に無理に出挙した(貸し出した)のだろう。もしその者が死亡したら貸し倒れとなって「把」数は消滅する。ただしそうした事態が生じなければ、5割の利息であるから、7把は、元利合計1束0把5分となって戻ってくるから、やぶ蛇である。実際、添上郡はそうなってしまった。

この「把」数出挙は、倉を空にした結果生じた可能性もある。天平四年度越前国郡稲帳では、丹生郡は、全保有稲1294束5把4分をそっくり出挙している。特に端数を片付ける意識は無かっただろう。しかし他国では、こうした端数が生じた場合は、別の倉から4把6分を出して束単位にしているようである。

天平九年度和泉監正税帳では、穀倉の「量計」をおこなっている。これには事情があるのだが、とりあえず今紹介したい箇所だけ引用する。

101 天平十年二月廿日量計応定稲穀 八〇〇斛九斗四升〈未振〉
102         欠       二七斛九斗四升
105     見定         七七三斛

検査当日、存在しているべき穀は、101行の800斛9斗4升である。「未振」は、通常の状態での穀という注記である。これを量った結果、不足が27斛9斗4升であることが判明した。よって現在存在するのは、105行の、773斛である。

穀をどうやって量ったのか

穀をどうやって量ったのかは不明である。1斛マス(現在の「石」容積の半分弱。つるして使う)で1回ずつ量ったのだろうか。そして773回で倉は空になった。
不足量の9斗4升は、存在すべき量の端数と同じである。結果として現在量はちょうど「斛」単位におさまる。773回目の1杯は、過不足のない1斛ちょうどであった。これはごまかしとか辻褄合わせではなく、現場の適切な判断とみなしたい。

書類上の報告から、実際がどうであったのかを知ることは難しい。その数字の中から不審箇所を発見し、なぜそうした数字になるのかを推測するしかない。
天平十一年度伊豆国正税帳には、定例の正月十四日と臨時の三月二十四日の二度の法要への支出記事がある。主な内容は列席の僧侶への食事である。大豆餅・小豆餅などもあって、うまそうであるが、内訳を足していくと小計と合わない。正月会は内訳を足していくと「49束2分」であるが、それを「49束」に、また三月会は「54束9把8分」を「55束」にしている。この二つの小計を合計すると結局正しい合計になるのだから、小計でごまかす必要は無いはずである。

二度の法要に参加する僧数は違うが、16種類の食材の一人あたりの分量・費用は、14種類は同額である。2種類(麦と小豆)だけ、わずかに違う。これは一覧表を作っていて発見したのであるが、7升2合とあるべきところが6升8合になっている。実際にどのように調理するのかという問題ではない。食材の量をごまかすことは簡単だろうが(たぶん)、書類上の数字を操作しているのである。これは合計額にかかわる操作だろうが、どのように関わるのかは、今のところ発見できない。

なお、これまでのコラムにかかわる出版物、榎英一著『正税帳読解』が八木書店より2026年1月に刊行される。ぜひご一読いただきたい。

【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』

・PDF試し読み

長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。

【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021


〔書き手〕

榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕

訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)

翻刻・影印 天平諸国正税帳

『正税帳読解』(八木書店、2026 年)

正税帳読解