奈良絵本・絵巻の研究と収集(77)ー年中行事歌合絵巻ー

今回は、『年中行事歌合絵巻』を取り上げたい。『年中行事絵巻』であるならば、その模写絵巻が多く残されているので、ある程度知られているが、この名前はほとんど知られていないであろう。私も、先年この絵巻を見た時には、こんな作品が絵巻になるのか、と感心したものである。
『年中行事歌合』自体は、南北朝期に二条良基が主催した歌合であるので、同僚であった、この分野の研究者として著名な小川剛生氏に聞いたところ、かつて、奈良絵本らしきものがあったと言う。絵巻が存在するならば、奈良絵本が存在してもおかしくはない。そもそも、慶安二年(一六四九年)には版本も出ているので、十七世紀後半に黄金期を迎える奈良絵本・絵巻に仕立てられる可能性は十分にあるのである。
私が、『年中行事歌合絵巻』の奈良絵本・絵巻に気付いていなかったのは、『百人一首』と同じで、それら歌書の絵入り本は、奈良絵本・絵巻と呼ばれないことが多い、という事情もある。身近な経験で言うと、『百人一首』の奈良絵本をいくつか手に入れた時に、初めて慶應義塾図書館にもほぼ同じ絵入り本が存在していることを知った。私が追っている筆跡で、明らかに奈良絵本・絵巻と同じグループによる制作なのであるが、図書館の分類としては、奈良絵本には入れていなかったのである。
このような状況なので、『年中行事歌合』の奈良絵本・絵巻はまだまだ存在しているとは思うが、今回は比較する材料が無く、本絵巻を中心に取り上げたい。現状、箱入りの二軸であるが、内容的には足りていないので、本来はまあまあの大作だったと思われる。仮に撮影した写真なので、しわが多くて申し訳ないが、その絵には、竜や相撲の場面が描かれていておもしろい。
このように、絵としては、御伽草子の題材と同じものがあるので、このような絵入り本に仕立てられるのであろうが、この絵巻の絵には特徴がある。いずれ、国文学研究資料館の齋藤真麻理氏によって発表されるであろうが、江戸時代前期に制作された絵巻群の分類ができるとのことである。実は、昨年一〇月にそのグループの絵巻を見学しながらも、今回の『年中行事歌合絵巻』の絵も同じタイプであることに、記憶だけでは思い至らなかったのだが、実物をよく見ると似ていたのである。
実は、私の関心から言うと、『年中行事歌合絵巻』の文字がかなり特徴のある文字で、以前から分類していた文字であったのである。残念ながら、浅井了意や居初つなのような、実名は判明していないが、明らかに特徴のある文字で、その筆法も絵巻としては変わった書き方をしている。一番の特徴が、行の間隔が乱れることがあるので、仮に乱行者と名付けた人物の文字である。
基本的に絵巻は豪華な作品であるので、その本文については、同じ人物であるならば、文字の高さも、行と行の間隔もほぼ同じである。これは、等間隔の線が引いてある下敷きを敷けば簡単にできるはずである。乱行者も基本的にはこのようにして書いていたのかもしれないが、それを平気で無視するのである。特に、絵画部分手前の行の間隔は短くなることが多い。明らかに、同じ紙に詰めて書いてしまおう、という形になっている。豪華な紙をふんだんに使用して仕上げるはずの絵巻物としては、このような現象は珍しい。
また、この乱行者が書く場合には、なぜか、冒頭に内題が書かれることが多い、という特徴もある。奈良絵本・絵巻では、外題は題簽に書かれるが、内題は書かないのが普通である。さらには、この筆跡を有する一部の作品には、軸が金属製であることがある。これも、普通ならば、軸は象牙か木で出来ているはずなので、やはり特徴と言えよう。おそらくは、乱行者が出入りしていた絵草紙屋の特徴とすべきなのであろう。
それらの特徴に加えて、この乱行者が出てくると、同じ絵師と思われる絵が出てくることが多い、という特徴が見られることになる。小泉や城殿といった、これまで知られていた絵草紙屋とは別の絵草紙屋の制作なのであろう。
私の分類では、少なくとも文字の筆跡で言うと、これまでに紹介したものとしては、『弁慶物語』(絵欠、五軸)や『長恨歌』(絵欠・残欠、一軸)がある。これら以外では、プラハ在住個人蔵『酒呑童子』五軸、國學院大學図書館蔵『酒呑童子』三軸等がある。先年の東京古典籍下見展観に出品された『長恨歌』も同筆である。
これだけ見ても、なぜか、同じ題名の絵巻が複数作られていることが分かる。絵巻としても数多く残されている王道の作品が多いようであるので、『年中行事絵巻』の存在は異色である。他に、『十本扇』二軸という珍しい絵巻も存在しているので、さまざまな奈良絵本・絵巻も制作していたのであろう。
ところで、プラハ在住個人蔵『酒呑童子』五軸は、先輩でもあり、世界各地にある絵巻を紹介なさっている、辻英子氏の紹介で拝見した作品である。十年ほど前のことになるが、チェコのプラハの中でも高級住宅街という、アメリカ大使館近くの所蔵者の御自宅に伺ったのである。その絵巻は、明治時代にフェノロサや岡倉天心と共に、日本の美術研究を支えた人物として知られているビゲロー(ウイリアム・スタージス・ビゲロー、一八五〇~一九二六年)が所持していた絵巻物であるという。
ビゲローは、フェノロサや岡倉天心の研究を財政面から支え、その収集品は、一九一一年にボストン美術館に寄贈されている。今日日本にあれば国宝に指定されたであろう作品群も、この段階でボストン美術館に入ったのである。ところが、その時、一番大切にしていた絵巻だけは手元に残した、というのである。それが、『酒呑童子』絵巻であり、何よりも大切にしていた証しとして、ビゲローが百年前にその内容を逐語訳したノート五冊も保管されていた。
その時点でこの『酒呑童子』絵巻を保管しているのは、ビゲローの親友の孫という方である。親友の方もボストンの裕福な方であったようで、そのお孫さんは、本来アメリカ人であるが、好きなプラハに住んでいる、というのである。
このへんのことは、以前、学会誌に記したことがあるのであるが、これらのことを改めて思い出した次第である。まだ確認していないのであるが、この『酒呑童子』絵巻五軸は、現在は日本に戻り、某所に保管されていると聞いている。
それにしても、ビゲローのような著名な人物が、乱行者の筆跡を有する絵巻を大切にしていた、というのはおもしろい。絵巻の専門家から見れば、行が乱れることは、一種の欠点でもある。もちろん、十七世紀後半の絵巻としては、かなり立派な作品であり、大切に保管するべき作品であることは間違いないのであるが、ボストン美術館が保管する国宝級の作品と較べたならば、少し落ちるような気もする。以前記したが、外国人における『酒呑童子』人気もあったのか、おもしろい現実である。


〔書き手〕
石川 透(いしかわ とおる)
1959年、栃木県足利市生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
慶應義塾大学文学部名誉教授(国文学)。
〔主な著作〕
『慶應義塾大学図書館蔵 図解御伽草子】(慶應義塾大学出版会、2003年)
『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、2003年)
『奈良絵本・絵巻の展開』(三弥井書店、2009年)
『入門 奈良絵本・絵巻』(思文閣出版、2010年)
〔八木書店 奈良絵本・絵巻 関連書籍〕
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