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出版部

柳澤吉保を知る 第11回: 柳澤家と甲斐国―3本の寿影(その三)永慶寺本―(宮川葉子)

(五)吉保夫妻恵林寺に

一方吉里には、龍華山破却を前に解決すべき案件が二つあった。

吉保・定子夫妻の墓所の件と夫妻の座像の扱いである。

国替告知の2週間後(3月24日)、吉里使者が江戸から恵林寺大伽和尚へ、吉保夫妻の改葬願いを届けた。

4月12日夕刻、龍華山を発った夫妻の石棺は、夜中過ぎに恵林寺着。

大伽和尚により改葬の儀式がなされた。

供は目見得以上が56人、他に与力同心等が参列したという(野沢公次郎氏「柳沢吉保と恵林寺」〈『特別展図録 柳沢吉保と元禄文化』昭和50年6月・財団法人武田信玄公宝物保存会〉)。

恵林寺は武田家菩提寺。吉保も吉里も手厚く扱い、喜捨も度々なして来た寺である。

信玄の家臣団武川衆の誇りを棄てず、信玄を崇めていた吉保。恵林寺に葬られるのは吉保の本望であったかもしれない。

夫妻の墓は今も立派に残り、墓石には改葬の年月日が吉里の名で刻まれている。

改葬と同時に、吉里は夫妻愛用の遺品を奉納。「永慶寺殿・真光院殿御道具覚帳」に記載される23点は、「柳沢家大名調度品」と一括され、(財)信玄公宝物館に保管されている(野沢公次郎氏執筆『恵林寺の文化財と歴史』平成12年)。

(六)座像移転

吉里が着任した宝永7年(1710)11月、甲府城下住の大仏師木下浄(常トモ)慶他2人により、吉保・定子の木像が刻まれ、龍華山に安置された。

吉保は「御束帯御色彩 御太刀御脇被差置」様相で像高84糎。定子は「御すべらかし」に打掛姿で像高78.4糎(近藤暁子氏「第一部 柳沢吉保の肖像について・第二章 彫像の調査と考察」(12頁)〈『山梨県立博物館 調査・研究報告11 柳沢吉保の由緒と肖像 「大和郡山市所在 柳沢家関係資料に関する研究」報告書』平成27年3月〉)。

この吉保の木像とほぼ同一の一体が、これ以前に恵林寺内に寿影堂を上棟し安置された。安置に際し、吉保は「信玄の膝元に座を占めるのは恐れ多いが本望の至りだ」と述べたという(『源公実録』156頁)。

破却にあたり、龍華山に祀られていた夫妻の座像は、六義園内龍華庵に運ばれたのである。

吉保の持仏堂龍華庵が大きな役割を果たしたと述べたのはこれである。

(七)寿影の旅路―郡山永慶寺―

遠回りをしすぎた。永慶寺本寿影にもどろう。

永慶寺本は、収納内箱の蓋に、「甲斐前国主源保山老居士(柳澤吉保)尊像 黄檗真光院供鎮」とあり、以前万福寺塔頭真光院に伝来していたとわかる(西川広平氏「第一部 柳沢吉保の肖像について・第一章 画像の調査と考察」(8頁)前掲山梨県立博物館 調査・研究報告11)。

では柳澤家から真光院へ入ったのはいつか。

それは所替の折。吉保が菩提寺に寄せて来た思いを熟知する悦峰へ、吉里が託したかと考えている。開山第一祖悦峰。吉保夫妻の葬礼を掌った悦峰。吉保寿影の保管者に最適ではないか。

享保19年(1734)80歳で遷化した悦峰は長寿であった。

その前年8月15日、柳澤家元家老の藪田重守(白鴎居士)宛てに書状を出している。

それは郡山に正式な龍華山永慶寺を建立すべきとの訴えであった。

所替の折、六義園内龍華庵に運ばれた夫妻の木像はそのままで、享保18年に至っても郡山には座像を移せる菩提寺が調わなかったのである。

甲斐の菩提所を破却せざるを得なかった経済的不如意(悦峰は「御不勝手(柳澤家の暮らし向きが苦しいこと)」と表現)は、郡山でも同様であった(以上『源公実録』170頁)。龍華庵と称する極めて小規模な菩提所で急場を凌いでいたのである。

悦峰の願いが適う時が来た。

元文4年(1739)3月、郡山の永慶寺完成。本堂に額が懸けられ(吉保筆の横額「永慶寺」)、4月には諸仏像安置、9月2日、香厳殿も新たに建立された。

悦峰の弟子で龍華庵の庵主寂宗和尚は、甲府以来保護してきた位牌等を施入。

悦峰寄託の吉保寿影が、真光院から永慶寺へ移入されたのも、この時ではなかったか。

甲斐永慶寺の破却から、実に足かけ16年後のことであった。

そして吉保・定子像も江戸龍華庵から郡山へ運ばれ、郡山藩主の菩提寺永慶寺に納まったのである。

実は柳澤家に伝わる永慶寺本と酷似の吉保寿影一本がある。

詳細は不明だが、恐らくは永慶寺に施入された寿影の複写ではないかと考えている。

【柳澤吉保寿影(奈良県永慶寺所蔵)】


【著者】
宮川葉子(みやかわようこ)
元淑徳大学教授
青山学院大学大学院博士課程単位取得
青山学院大学博士(文学)

〔主な著作〕
『楽只堂年録』1~9(2011年~、八木書店)(史料纂集古記録編、全10冊予定)、『三条西実隆と古典学』(1995年、風間書房)(第3回関根賞受賞)、『源氏物語の文化史的研究』(1997年、風間書房)、『三条西実隆と古典学(改訂新版)』(1999年、風間書房)、『柳沢家の古典学(上)―『松陰日記』―』(2007年、新典社)、『源氏物語受容の諸相』(2011年、青簡舎)、『柳澤家の古典学(下)―文芸の諸相と環境―』(2012年、青簡舎)他。