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村口書房

洒竹文庫本の始末【洒竹文庫及び和田維四郎氏1】

(1)前に雑誌 玉屑会刊「玉屑」誌第三号を指す。八木書店刊の反町茂雄著「蒐書家・業界・業界人」に再録。
(2)今「九」 半次郎氏は昭和十五年一月、六十五歳で歿。この時昭和九年には五十九歳。
(3)横網の安田さん 本所横網町の安田善次郎(二代目)さん。本名善之助。大蒐書家。
(4)今の家 神田区今川小路(今の千代田区神田神保町三丁目角)所在。
(5)勅版四書 慶長四年刊、古活字版。後陽成天皇勅版「四書」(大学・中庸・論語各一冊、孟子上下二冊)。
(6)棭斎 江戸後期の考証学者狩谷棭斎。名は望之、江戸の人。考証精確、蔵書の豊富を以て名高い。但し蒐集した書物は歿後に散逸した。
(7)和田維四郎 東大教授、農商務省鉱山局長、鉱山懇話会会長。近代日本の鉱山・鉱石学の開創者。晩年は古典籍の調査研究に没頭し、蒐書に努めた。号は雲村、「訪書余録」「嵯峨本考」はその著。
(8)林若樹 明治三十年代の末から昭和十三年まで、約三十年間にわたる広い趣味の蒐書家。名家に生まれて、生涯財物に不自由なく、思うままに生き通した幸福人。
(9)笹野堅 国文学者、東京女子大学教授。中世文学専攻。研究資料として蒐集にも熱心だった。
(10)原田広吉 浅倉屋生え抜きの番頭。成人後独立して古書肆を営んで一時相当に活躍したが、中年にして挫折。晩年にはまた浅倉屋の番頭として生を了えた。
(11)永森君 本郷区春木町の古書肆、永森書店永森直次郎。
(12)雲村文庫 和田維四郎が自資で集儲した古典籍の文庫。すこぶる優秀品に富む。歿後岩崎文庫(後に東洋文庫)及び久原文庫(後に大東急記念文庫)に入る。
(13)百七十五万円 この数字は何の事か不明。雲村文庫・岩崎文庫・久原文庫の三者合計の数字であろうか。それにしても当時の物価としては膨大に過ぎる。この辺の話には誇張があり、特に数字には矛盾と誇張が多い。
(14)斎藤銀蔵 俳人にして集書家、俳号は雪中庵雀志。三井銀行に勤務、後に辞して文墨に遊び、特に古俳書の蒐集で名高い。歿後洒竹文庫に入る。
(15)大学 東京帝国大学。洒竹文庫の俳書は芳賀矢一博士の斡旋で東大に入った。
(16)芳賀博士 東大教授、文学博士芳賀矢一。近代的な国文学研究の創始者とも見るべき学者。
(17)蕪村の真蹟「奥の細道」 蕪村筆「奥の細道絵巻」の事か。
(18)称名寺の「文選」 金沢文庫旧蔵の「六臣註文選」、平安朝初期古写本。

著者

村口半次郎
村口書房(東京市神田区今川小路二丁目十七〔旧地名〕)初代主人

下谷御徒町の、有名な浮世絵版画商吉金(吉田金兵衛)方で修業。吉金は版画と共に古書を販売したが、村口さんは古典籍を主とし、中年以後は浮世絵は殆ど扱わないようでした。明治三十年頃から活躍し、四十年頃から大正九年まで、大蒐書家和田維四郎の特別の受顧を受け、そのおかげで、古典籍についての知識を広くすると同時に、業界に雄飛するに十分な資財を獲得。大正末期から昭和十年頃までが全盛期でした。古典籍業界では、東西を通じて第一の実力者として、また書林定市会(後の東京古典会)の顧問(という名の会長)として、勢威を振るいました。昭和十五年一月歿。六十五歳。


※このコラムは反町茂雄編『紙魚の昔がたり』(明治大正篇)でお読みいただけます。

          

『紙魚の昔がたり』(明治大正篇)  関連書・『紙魚の昔がたり』(昭和篇)