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村口書房

洒竹文庫本の始末【洒竹文庫及び和田維四郎氏1】

村口 一、二の例を言うと、今日の相場でどういうことになるか不明ですけれども、金平本が十八冊で八十円、これは水谷不倒さんが手に入れた。三日間通って手に入れたもので、なにぶん高くて買い切れない、折角行って御菓子を御馳走になったからやむを得ないで頂戴するというわけで(笑声)、その当時の相場としたらなかなか高いのですからな。その後不倒氏はある部分を売ってしまって後が判らないことになったが、ズーッと後に青柳の市で一冊で百八十円に売れました。一冊ですから十八冊とは大変な違いです。洒落本などは一円平均位、黄表紙が二円平均、光悦謡曲本一揃い二百五十円。狩谷棭斎の「本朝度量権衡考」の稿本など林(若樹(8))君に三十五円で売り、それを笹野堅(9)さんが昭和五年頃に千円で買った、という具合で、今日から見ると大変に安いんですが、何しろ今から二十年も以前のはなしだから、誰が聞いても値段が高過ぎるというので、これには私も非常な苦心を致しましたよ。

ちょうど一月の十七日から売り出しまして六月一杯かかりました。それで殆ど御客というものはなくなってしまった。それで伊藤福太郎という者が一人仲間にはいっているから、どうしても清算をつけなければならぬ。やむを得ないので、青柳の市へ出して売ったが、売るのは惜しいから原田広吉(10)・永森君(11)等に頼んで光悦本謡曲、五山版、古活字本であるとかいうものを買って貰って、かなりな努力をした結果が、一万円で買いましたものを清算を付けると一万六百五十円、これも人から金を用立てましたから、利息の方が高くなりはせんかと思う位でした。浅倉屋さんの六百三十円という価格が非常によいのでした。

洒竹文庫は私がいろいろ買物を致しました内で、この位労力損のつまらないものはなかった。もっとも雲村文庫(12)・岩崎文庫・久原文庫が、この品物が動機となってこれから関係が出来たようなわけであります。なにしろ百七十五万円(13)という、その当時のものを納めたのですから、私と致しましては非常なる結果を得た事になるわけでございます……。

洒竹文庫の口の古版地誌を全部和田さんがお買いになった、それが「古版地誌解題」になった。この時の一万円で買った品を、水谷不倒さんがどうふんだか、五、六年前好況時代に、全部で今なら二十五万円はあるだろうという評価をした。結局申すと、二十五倍になったわけであります。その後当時の相場と変わらぬものもございましょうが、五山版などは二十五円から三十円位、というところで売ったのが優に十倍になっておろうかと思っていますが、それに準じて他のものもあがっており、特に古活字版などは、やはりよいものは非常に高くなりましたから、水谷不倒さんの評価はあるいは適評かも知れません。徳富さんには宋版の「文選」をお願いしました。非常にいい本でしたが、値は只今申し上げると実にだらしのない位の値で、五十円位でありました。