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村口書房

村口書房初代主人 村口半次郎氏【洒竹文庫及び和田維四郎氏0】

数多くの貴重な古典籍を扱った村口書房。その店主が語る稀有な証言。

本コラムでは、村口半次郎「洒竹文庫及び和田維四郎氏」(『紙魚の昔がたり』明治・大正編)を16回にわたって全文掲載いたします。それに続いて、村口四郎「諸名家の宝庫を渉猟する」(『紙魚の昔がたり』昭和編)も掲載いたします。ご期待下さい。

村口半次郎

村口書房初代主人

東京市神田区今川小路二丁目十七(旧地名)

 

下谷御徒町の、有名な浮世絵版画商吉金(よしきん)(吉田金兵衛)方で修業。吉金は版画と共に古書を販売したが、村口さんは古典籍を主とし、中年以後は浮世絵は殆ど扱わないようでした。明治三十年頃から活躍し、四十年頃から大正九年まで、大蒐書家和田維四郎の特別の受顧を受け、そのおかげで、古典籍についての知識を広くすると同時に、業界に雄飛するに十分な資財を獲得。大正末期から昭和十年頃までが全盛期でした。古典籍業界では、東西を通じて第一の実力者として、また書林定市(じょういち)会(後の東京古典会)の顧問(という名の会長)として、勢威を振るいました。昭和十五年一月歿。六十五歳。

(思い出) はじめて風貌に接しましたのは昭和四年頃。以前から、威張る人だという噂を聞いていましたが、お逢いして見ると、噂の通りでした。相手によって応対の仕方の大きに違う人で、資産家の顧客には叮嚀で愛想がよく、客あしらいが大変に上手でした。(反町)独立しましてからは、時々売買取引をしましたが、この小さな後輩に対しては、いくらか学校をでておったせいか、比較的におだやかな応対でした。こちらのほしい本の割愛を乞いに行きますと、まれに「これは私に向け先があるから」と、断られる時もありましたが、大抵は譲ってくれ、しかも価格はモデレートで、いわゆる「足元を見る」という態度はありませんでした。手堅い人なのでしょう。真面目で、勤勉で、諸事節約、商人として成功すべき諸条件の多くを備えた人だと思います。

(批評) ここのお話は面白いが、全体として若干誇張がある様に思われます。記憶の誤りも免れず、特に数字についてそれが非常に多いのは、すでに御老体の事ゆえ、やむを得ないのでしょうか。

(つづく)


 

※このコラムは反町茂雄編『紙魚の昔がたり』(明治大正篇)でお読みいただけます。

          

『紙魚の昔がたり』(明治大正篇)  関連書・『紙魚の昔がたり』(昭和篇)