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立正大学・古書資料館の世界

仏教学者・河口慧海の旧蔵書【立正大学・古書資料館の世界 2回】(小此木敏明)

5.『釈迦譜要略』と『審美綱領』

最後に『釈迦譜要略』と『審美綱領』について述べて終わりにしたい。『釈迦譜要略』は、僧祐の『釈迦譜』と、道宣の『釈迦氏譜』を折衷し、土屋正道が3冊にまとめた釈迦の伝記である(「釈迦譜要略緒言」参照)。

慧海は釈迦の伝記に影響を受け、15歳のときに禁食肉・禁酒・不淫を実行することを誓願したとされる(『河口慧海師略伝並年譜』河口慧海師後援、1927年)。慧海自身も、昭和4年(1929)に『平易に説いた釈迦一代記』(金の星社)、昭和11年に『釈迦一代記』(古今書院)などを著している。『釈迦譜要略』を大正11年(1922)に入手していたとすれば、それらの執筆時に参考とした可能性もあるだろう。

『審美綱領』は、ドイツの哲学者であるハルトマン(Eduard von Hartmann)の『美の哲学』の大綱を編述したもので、森林太郎(鷗外)と大村西崖との共著である(『審美綱領』「凡例」参照)。

慧海は『審美綱領』の著者の一人である大村西崖と交流があったようだ。美術史家の西崖は仏教にも関心があり、大正7年(1918)には自ら『密教発達志』を刊行し、同9年にこの本で帝国大学学士院賞を受賞している。立正大学の慧海旧蔵本を見ると、慧海は『密教発達志』を西崖から贈られていたことが確認できる。また、西崖が帝国大学学士院賞を受賞した年に行われたその批判講演会では、依頼を受けて慧海も講演を行った(塚本賢曉編『密教發達志批判講演集(秘鍵特別号)』国訳密教刊行会、1920年)。

大村西崖が慧海に贈った『密教発達志』。 第1冊の見返しに「擎呈/慧海河口和上 西崖居士[印]」とある。 扉の右下には仏教宣陽会の印が押されている。

慧海が、『審美綱領』のどこに興味を持ったのかはさだかでないが、大村西崖への関心から購入したのかもしれない。

立正大学が所蔵する慧海旧蔵の和装本・洋装本は現在のところ整理中であるが、いずれ古書資料館にて、デジタルデータや原本の閲覧サービスを提供していく予定である。

 

*本コラム掲載の画像は、すべて立正大学図書館の許可を得て掲載している。掲載画像の2次利用は禁止する。


■小此木敏明

略歴
1977年、群馬県に生まれる。
立正大学国文学科卒業。立正大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程単位取得満期退学。
現在、立正大学図書館古書資料館専門員、立正大学非常勤講師。
〔著作・論文〕
『立正大学蔵書の歴史 寄贈本のルーツをたどる 近世駿河から図書館へ』(立正大学情報メディアセンター、2013年)。
「『中山世鑑』における依拠資料―『四書大全』・綱鑑・『太平記』について」(『説話文学研究』47、2012年7月)。
「『大島筆記』所収の琉球和文について―『雨夜物語』における『源氏物語』『伊勢物語』の享受と『永峯和文』の流布」(『立正大学人文科学研究所年報』53、2016年3月)。

■古書資料館とは
立正大学品川キャンパス内に2014年に開館した専門図書館。江戸時代の和古書を中心に約4万5000冊を所蔵し、開架室では利用者が直接棚から取り出し、閲覧することができる。

http://www.ris.ac.jp/library/shinagawa/kosho.html