• twitter
  • facebook
立正大学・古書資料館の世界

仏教学者・河口慧海の旧蔵書【立正大学・古書資料館の世界 2回】(小此木敏明)

3.古書即売会の正札

慧海の旧蔵書には、近代の名刺や書店の広告などが挟まっていることがあり、それらも一つの資料として興味深い。ここでは、『釈迦譜要略』と『審美綱領』から見つかった2枚の札を紹介する。この札は、正札(正しい値段を書いて商品に附した札)か領収書の類だと思われるが、購入した際にそのまま本に挟んでおいたものだろう。

『釈迦譜要略』と『審美綱領』の著者や出版者などの情報は以下の通りである。

釈迦譜要略 3巻(存下巻)1冊 / 土屋正道撰、福田行誡校
大坂、山本真苗、明治13年(1880)刊。
審美綱領 2巻2冊 / 森林太郎・大村西崖著。
東京、春陽堂、明治32年(1899)刊。

挟まっていた札 左右共に約31.5×6.6㎝

札にあるように『釈迦譜要略』は本来3冊だが、現在は下巻の1冊しかない状態である。『審美綱領』の札には、書名の下に「別二点/四冊」と書かれているが、これは『審美新説』1冊と『審美極致論』1冊の2点を含めた計4冊を指すと思われる。慧海の旧蔵書中には両書も含まれており、4冊共に「藤井文庫」の印が押されている。おそらく慧海の前の持ち主の印だろう。

札の上部には鉛筆書きで「川口惠海」「河口慧海」とあるため、購入者が慧海であることに間違いはない。また、札の下部に押された印記から、慧海がどの書店から両書を購入したかが確認できる。

鉛筆書きの名前

書店の印 (左)「敬文堂書店/神田通神保町貳」(1.4×2.7㎝) (右)「文淵閣/浅草區北仲町/淺倉屋/吉田久兵衛」(5.1×3.8㎝)

『釈迦譜要略』は浅倉屋から買ったものである。浅倉屋は貞享年間(1684~1688)の創業で、現在も営業している老舗の古書店で、明治期には文淵閣とも呼ばれていた。吉田久兵衛は当主の名前で、代々久兵衛を名乗ったことが知られている(吉田文夫「文淵閣・浅倉屋のこと」『文学』49(12)、1981年12月)。

『審美綱領』の方には敬文堂書店とある。敬文堂というと、竹内淳郎氏が大正2年(1923)に早稲田弦巻町に開き(「人と事業 東京篇」『日本出版大観』出版タイムス社、1930年)、現在も書籍の出版販売を行っている出版社が知られる。しかし住所から考えると、該当しそうなのは鈴木堪三という人物が経営していた書店の方である。この敬文堂書店は、昭和9年(1934)1月に温古堂へと改称した後、昭和29年に廃業したとされる(好書楼素人「古書目録より見たる全国古本屋盛衰記(二)」『日本古書通信』20(2)、1955年2月)。