奈良絵本・絵巻の研究と収集(84)ー浦島太郎 横型一冊ー

今回は、誰もが知っている昔話『浦島太郎』の横型一冊本を取り上げる。この作品も、前回の『酒呑童子』五軸本と同じく、拙著『見て楽しむ奈良絵本・絵巻 描かれた昔話と物語』(二〇二六年五月刊 八木書店)において絵画部分のカラー写真は掲載されているが、作品としての解説はあまり記していないので、ここに補いたい。
その拙著の中には、何種類かの『浦島太郎』の写真が掲載されているのであるが、そのうち、横型奈良絵本として掲載した作品である。正確に言うならば、私の手元には横型の奈良絵本がいくつかあり、そのうちの一つは、『室町物語影印叢刊』三六(二〇〇九年六月刊 三弥井書店)において、白黒ではあるが全文の紹介を行っている。今回の拙著には、横型奈良絵本断簡として出しているが、本文的にはほぼ揃った断簡であるので、『室町物語影印叢刊』三六に紹介したのである。これ以外にも『浦島太郎』の横型奈良絵本の断簡はいくつか所有しており、まぎらわしくて恐縮であるが、今回のコラムでは横型一冊本と名付けて、その絵画をあらためて検討したい。
今回の『浦島太郎』横型一冊本は、かなり変わった本である。まず、形は典型的な横型奈良絵本である。表紙は紺紙金泥模様、中央に朱色題簽があり、「うらしま」と墨書されている。料紙は間似合紙であるから、きわめて一般的な体裁である。本文の冒頭は、「むかしたんこの国にうら島といふもの侍り」で始まるから、内容上は、間違いなく『浦島太郎』である。しかし、この横型奈良絵本は、普通の『浦島太郎』には見られない、おかしな絵が存在しているのである。
まず、一番最初の挿絵は、浦島太郎が亀を釣る絵ではなく、男の横に女性がうずくまっているのである。早くも亀が乙姫になって現れたのか、とも考えられるが、絵の裏の書き込みを見ると、「はまくり 上弐」と書かれている。
間似合紙で作られた横型奈良絵本で注意すべきなのは、ときどき、別の作品の絵が貼られていることなのである。横型奈良絵本の場合は、ある程度の大量生産をしたせいか、絵の裏に作品名とその順番が書かれていることが多い。分業で作らせた本文と絵を、この作品名と順番を組み合わせて完成させていたのであろう。
本文上の作品と異なる作品の絵が貼られている、というのは、単なる間違いということもあろうが、余った絵を、似た内容の作品に貼り付けていた、とも考えられる。
その理由の詳細は分からないが、結果としては、『浦島太郎』の一番最初の絵に、『蛤の草子』の二番目の絵を貼り付けたということになる。『蛤の草子』の内容は、『浦島太郎』の内容に、特にその冒頭はよく似ている。『蛤の草子』を貼っても、読者は分からないだろうと思っていたのかは不明だが、ともかくも、おもしろい例となっている。
ちなみに、この本来は『蛤の草子』の絵は、この後の『浦島太郎』の絵と全く同じタイプのものであり、少なくとも同じ所で制作された絵である。また、この一番目の絵は、『蛤の草子』の二番目に相当すると思われるが、よく見ると、『蛤の草子』としても、男の衣装や女の姿に違和感があり、『蛤の草子』とも異なる可能性もある。
今回の『浦島太郎』の二番目の絵は、浦島太郎が亀と対面している絵である。この絵の裏には「は□□り 上壱」と書かれているようであるが、かなり破られている。いちおう、『蛤の草子』であったことになるが、実は、このような絵は『蛤の草子』には存在していない。だいたい、『蛤の草子』には、亀は登場しないのである。
この二番目の絵の直前の本文には、亀の姿となった乙姫と対面する話が記されているので、この絵は内容的に『浦島太郎』にふさわしいのである。ただし、このような絵が描かれた『浦島太郎』の絵本は見たことがない。何しろ、浦島太郎は砂浜に上がっており、その目の前に亀がいる、その手前には、船も描かれている。冒頭部分であるならば、亀は船上で浦島太郎に釣り上げられているはずである。次の日に乙姫が浦島太郎を船に乗って迎えに来るシーンであるとしても、普通であるならば、迎えに来る時の乙姫は、人間の姿なのである。何か類似の物語の絵なのではないか、とも思えてしまうくらいに、『浦島太郎』としては珍しい絵である。
この横型一冊本には全部で五つの絵が貼られているのであるが、残りの三枚の絵の裏には「うらしま 四之絵」などと書いてあるので、『浦島太郎』の絵であると思われるが、二枚目の絵と同じように、裏に書かれた文字が消されていたりしているので、やはり制作時に問題があった奈良絵本ということになる。
ちなみに、最後の浦島太郎が玉手箱を開ける場面も、普通であったら、浦島太郎がおじいさんになった姿を描くのであるが、黒髪の若いままに見える。箱から出てくる煙もそれらしく描くものであるが、本書においては、まっすぐの光が三筋出ているように見えるのである。ただし、この最後の場面も、その直前の本文には、「むらさきの雲三すしのほりける」と書かれており、いちおう、本文通りの絵となっているのである。
このところ本コラムで取り上げてきたのは絵巻がほとんどであったので、横型奈良絵本について、簡単に記しておきたい。絵巻と縦型奈良絵本においては、筆耕が同じである等、同じ組織で制作されていたことが明らかなのであるが、横型奈良絵本はそれらとは少し異なっている。その横型奈良絵本にも、大きく、江戸時代初期の十七世紀前半に制作されたと考えられる作品群と、江戸時代前期の十七世紀後半に制作されたと考えられる作品群とに分かれている。
江戸時代初期に制作されたと思われる横型奈良絵本は、やや大きく、紙も斐紙系である。絵も本格的な絵に近い。一方で、江戸時代前期の横型奈良絵本は、やや小さいことが多く、本文は一頁当たり十三行であることが多い。紙は、間似合紙と呼ばれる土をまぜた紙のものがほとんどである。間似合わせた紙を使用するくらいであるから、他の奈良絵本・絵巻と較べれば、廉価版ということになる。とうぜん、数も相当に作られたと考えられる。その絵画においても、比較的簡単な構図や彩色のものが多い。その筆耕や絵師は、本格的な職人かは分からないが、少なくとも、同じ筆跡や同じタイプの絵が多く見られる。
この江戸時代前期の横型奈良絵本は、制作時代の近い縦型奈良絵本や絵巻とは、紙質や筆耕、絵師が異なるので、明らかに別のグループの制作である。浅井了意や朝倉重賢、さらには居初つなが制作し、場合によっては、城殿や小泉といった絵草紙屋名まで分かるような作品群とは別の、名前も残せないような庶民的なグループの作品なのである。
したがって、江戸時代前期の横型奈良絵本群は、制作時期も簡単には分からないのであるが、表紙の裏に貼られた反故紙に「元禄二」といった記述も見られることから、江戸時代前期から、中期の初め頃に制作された、と考えられる。
写真は、『浦島太郎』横型一冊本の第一番目と第二番目の絵である。


〔書き手〕
石川 透(いしかわ とおる)
1959年、栃木県足利市生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
慶應義塾大学文学部名誉教授(国文学)。
〔主な著作〕
『慶應義塾大学図書館蔵 図解御伽草子』(慶應義塾大学出版会、2003年)
『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、2003年)
『奈良絵本・絵巻の展開』(三弥井書店、2009年)
『入門 奈良絵本・絵巻』(思文閣出版、2010年)
〔八木書店 奈良絵本・絵巻 関連書籍〕
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