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奈良絵本・絵巻の研究と収集(石川透)

奈良絵本・絵巻の研究と収集(85)ー竹取物語 天人絵ー

 


 前回は、昔話『浦島太郎』の横型一冊本を取り上げたので、引き続き、昔話として有名な作品を取り上げたい。『竹取物語』は、「かぐや姫」の物語として知られており、本連載においても取り上げ、拙著『見て楽しむ奈良絵本・絵巻 描かれた昔話と物語』(二〇二六年五月刊 八木書店)には、新しく手に入れた作品の写真と共に掲載した。

 その拙著の販売を記念した八木書店古書部での展示のさいに、展示した天人絵について、『竹取物語』絵を研究されている方々から、さまざまな御意見を頂いた。拙著の写真にも、かぐや姫を迎えに来た天人の絵を掲載しているのだが、これについての解説はほとんどしていないので、今回は、この天人絵について記したい。

 この場面の奈良絵本・絵巻の絵については、基本的には、天人が迎えに来て、かぐや姫が翁達と別れる場面を描くことが多い。しかし、その迎え方や別れ方の絵はさまざまで、本や絵巻によって、まちまちなのである。『竹取物語』の本文は、本による差がほとんど無いのに、絵はばらばらである。このような状況から、奈良絵本・絵巻の『竹取物語』については、本文の比較研究よりも、絵の研究の方がおもしろく複雑であることが分かる。その絵のみの分類が重要であることが分かるのである。

 したがって、一つ一つの絵が何の場面であるかを特定することから始める必要がある。以前記したのは、『竹取物語』の冒頭の絵についてで、かぐや姫が小さな姿で描かれ、翁の家の籠の中に存在する絵を取り上げた。現代人にとっての冒頭の絵は、かぐや姫が竹から出てくる瞬間の絵であるが、江戸時代までの絵には、そのような絵は無く、既に育てられている絵が冒頭の絵なのである。まれに、翁が手の上にかぐや姫を置いて運んでいるような絵があるくらいで、ほとんどの絵は、小さなかぐや姫が籠に入って、ちょこんと顔を出している絵なのである。周りに、翁夫婦以外に子供達が描かれることも多いが、その子供達の数は、画面の大きさによって変わってくるようである。

 このかぐや姫の冒頭の絵よりも差が大きいのが、最後の方の天人が迎えに来る場面なのである。まず、天人は女性のみが数人で描かれることが多いのだが、架蔵の縦型奈良絵本には、天女が描かれず、男性が一人、車の中に描かれている。この男は何者なのか、少なくとも、ここに男が描かれる例はほとんど無いらしく、他に一例しか無いとの話を聞いた。王の使者のようにも見えるが、使者は、これからかぐや姫が乗る予定の、車の中には入れないであろうから、月の王そのものであろう、という御意見も伺った。ただし、王にしては服装が簡素に見えるのである。

 また、車の中に女性が描かれる作品も存在するが、かぐや姫が描かれたと思われるのだが、日本の服装そのものでは、けがらわしい地上の服から着替えたことにならない。さらには、かぐや姫らしき女が、家の中の翁達を見つめて別れを告げているように描く作品もあるが、これも、着替えた後に地上の心を失ったはずなのに、と思えてくる。このように、天人と月の車が出てくる場面は、突っ込みどころが満載なのである。

 以上のように見てくると、月の人が迎えに来る場面そのものが、微妙に時間が異なる瞬間を描いていることが分かる。本文的にはほとんど同じなのに、絵を描く場面や時間が異なっているのである。このような絵の違いは、他の作品の奈良絵本・絵巻にも見られることであるが、『竹取物語』の絵の違いは、特に違いが大きいように見える。

 奈良絵本・絵巻は、当時の絵草紙屋が組織的に制作するものである。以前であれば、それぞれの絵師が勝手に描いているのではないかと考えられていたが、本文を写す筆耕が渡された本文をほぼそのまま写すように、下書きの絵を元に描いている可能性が大きい。江戸時代後期の版本の場合には、およその下書き絵を著名な絵師が描く例が残されているが、江戸時代前半に作られた奈良絵本・絵巻の絵がどのように制作されたかは、いまだに不明である。当時の絵師が絵の清書をする時に、どれくらい個性の発揮が許されたのか、興味深いのであるが、その研究には、奈良絵本・絵巻の絵の部分の下書き絵が出てこなくては難しい。そのようなものがあったとしても、ほぼ捨てられたであろう。今後、絵巻や絵本の、さらには屏風等に使用された補強用の反故紙として出てくれば、おもしろいと思っている。

 以上のように、『竹取物語』の天人来迎の場面をどのように描くかは、作品毎にかなりの個性があり、今後も研究を続けなければならない。ところで、『竹取物語』の最後の絵は何の絵であろうか。その冒頭の絵は、現代の絵本と異なっていることを記したが、最後の絵は決まっているわけではない。

 現代の絵本の場合でも、最後の絵は何かと言われると、回答できそうもない。奈良絵本・絵巻の場合には、これまで取り上げた天人絵であることも多い。しかし、中には、富士山が描かれて終わる作品も存在している。『竹取物語』の本文では、帝がかぐや姫から受け取った不死の薬を,月に一番近い富士山の頂上で燃やさせる話が記されている。それに従えば、最後は富士山の頂上から煙が出ている場面で終わるはずなのであるが、それを描く奈良絵本・絵巻は少ない。絵としては良いように思えるのだが、描いた作品は少ないのである。

 たまたま私が所有している縦型断簡十八枚の作品には描かれているのであるが、富士山の頂上で薬を焼いているのではなく、だいぶ麓の方で焼いているように見える。したがって、富士山から煙が上がっているようには見えないのであるが、これに近い絵を持つ絵本や絵巻はいくつか存在している。

 静岡県立富士山世界遺産センターにも、似た『竹取物語』の縦型断簡が存在しており、体裁や描かれた絵からも、かなり近い環境で作られたことが明らかである。文学作品に描かれた富士山の絵としては、他に『伊勢物語』第九段がある。高校の国語の教科書にも掲載されていることの多い場面なので、多くの方の記憶にもあるであろうが、その『伊勢物語』の古典の絵本の絵においては、よく、頂上から煙が上がっている。

 その煙が上がっていることから、それらの絵は、宝永四年(一七〇七年)の最後の噴火以前の絵であるとも言われるが、記憶に残されたことを描くこともあろうから、そうとも言えない。だいたい、宝永噴火は、富士山の頂上からではなく、脇腹の辺りからの噴火である。奈良絵本・絵巻の他の作品群を見ても、さすがに、宝永噴火に基づいたと思われる絵は見たことはない。

 古い富士山の絵を見ると、頂上は平板ではなく、三つの山から出来上がっていることが多い。これは、富士山に宿る三柱の神を描いたことによるとされている。そのうちの一つはコノハナサクヤヒメであって、この神様が人の姿で現れたのがかぐや姫であると、富士山山麓の伝説ではされている。


〔書き手〕

石川 透(いしかわ とおる)
1959年、栃木県足利市生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
慶應義塾大学文学部名誉教授(国文学)。

〔主な著作〕

『慶應義塾大学図書館蔵 図解御伽草子』(慶應義塾大学出版会、2003年)
『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、2003年)
『奈良絵本・絵巻の展開』(三弥井書店、2009年)
『入門 奈良絵本・絵巻』(思文閣出版、2010年)

〔八木書店 奈良絵本・絵巻 関連書籍〕

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