奈良絵本・絵巻の研究と収集(83) ー酒呑童子ー

今回は、『酒呑童子』絵巻の五軸本を取り上げる。本連載の第67回(『日本古書通信』二〇二五年四月号)に『酒呑童子』は取り上げているが、その時には触れていない作品で、五軸の作品なので、五軸本としたい。
第67回を執筆した時は、サントリー美術館における「酒呑童子ビギンズ」展が開催されていたので、それに合わせて私の手元にあった絵巻と奈良絵本の写真を掲載した。その本文においては、『酒呑童子』には、大江山系と伊吹山系の二種類があり、それぞれを代表する絵巻が、逸翁美術館本とサントリー美術館本であることを記した。
残念なことに、逸翁美術館本は欠けて短いこともあり、『酒呑童子』絵巻全体を代表するのは、サントリー美術館本であることは、誰もが認めるところであろう。そのサントリー本は、室町時代(戦国時代)の一五二二年に狩野元信が制作したことが明らかになっており、重要文化財にも指定されている。江戸時代に、その影響下に制作された『酒呑童子』絵巻が相当数存在している。
今回取り上げる五軸本も、サントリー本を元にしたと思われる作品であるが、重要なことは、多くの絵巻よりも、その制作が古い、ということである。実は、本年三月に販売図録に掲載された時には、「天正頃」とされていた。また、最近、本絵巻を見た美術史の名誉教授は、「室町にいくのではないか」と述べていた。『酒呑童子』絵巻や絵本において、室町時代までさかのぼるとなると、サントリー本に次ぐ絵巻、ということになるのであるが、その本文の字から見ると、江戸時代初期、すなわち17世紀極初めの制作ではないか、と考えている。
私は、17世紀半ばから後半にかけての筆耕の分類は行っているが、17世紀初頭の筆耕はきちんと整理できていない。もちろん、簡単に本文筆者が分かるわけではないが、本格的に研究すれば、同筆の作品が出てくるであろう。
国文学の世界では、17世紀前半を江戸初期と呼び、17世紀半ばから後半を江戸前期と呼ぶことが多い。分野によっては、江戸初期という言葉で、17世紀後半までを指す場合もあるし、数多い国文学の研究者の中には、漠然と使う人も多いのだが、江戸初期と江戸前期をこのように分けて使うべきであると考えている。したがって、浅井了意や朝倉重賢等の筆耕が活躍したのは江戸前期であり、今回の作品はそれより数十年前の江戸初期の作品と考えられるのである。
日本で制作された絵巻の数で言うと、江戸前期に制作されたものが圧倒的に多い。そのほとんどが制作年や制作者が不明であったので、江戸前期制作の作品が多い、ということ自体が分かっていなかったのである。もちろん、この連載で取り上げる絵巻の多くは、この江戸前期の制作である。しかしながら、『酒呑童子』絵巻に関しては、江戸前期以外の時期の作品も多く作られているのである。
昨年のサントリー美術館での展示に出品されていたライプチッヒ本や根津美術館本等は江戸時代後期の徳川家の姫君のために制作された嫁入り本(嫁入り道具)であった。昨年の展示は、徳川家が娘の嫁入り道具として『酒呑童子』絵巻を作らせたことを示す、画期的な展覧会であった。奈良絵本・絵巻を制作する絵草紙屋である、城殿(きどの)や小泉といった店が活動していたのは、江戸時代前期までであり、江戸中期になると、そのような絵巻物を制作する業者自体が無くなったと思われる。それは、絵巻物を注文する大名家が江戸中期になると、皆貧乏になったからである。注文が無ければ、それに関わる業者は消えていくのである。そのような中でも、徳川家や御三家であれば、お抱えの絵師に絵巻を作らせることができる。その徳川家が作らせた絵巻の代表が『酒呑童子』だったのである。そう考えると、ライブチッヒ本『酒呑童子』絵巻以外にも、江戸中期後期の逸品が存在することが理解できるのである。
では、なぜ、徳川家が『酒呑童子』絵巻を和多く作らせたのか、ということになるが、やはり、事実がどうかは怪しいが、徳川家が源氏の子孫であること、さらには、鳥取の池田家(家康の娘がいた)には、北条家伝来の狩野元信本(現在のサントリー本)が存在したからであろう。それをお抱えの狩野派等の絵師が真似て描いた、ということになる。ただし、どれくらい忠実に写したのかは、作品によって、絵師によって異なるであろうし、その総合的な研究ができているわけではない。少なくとも、ライブチッヒ本は、従来の『酒呑童子』絵巻に、『伊吹童子』の話を多く加えていた。したがって、ライブチッヒ本は、本文も改作され、絵は専門絵師の住吉広行が描いたことになる。
では、江戸初期においては、どのように『酒呑童子』絵巻が作られたのか。その答えがあるわけではないが、徳川家康の存命中か、その死後間もない頃の『酒呑童子』絵巻がいくつか残されている。インターネット上でも見られる作品としては、東洋大学図書館の五軸本がある。この東洋大学本は、今回紹介する五軸本と同じ巻数であり、その絵画もよく似ている、サントリー美術館系統を代表する絵巻であろう。本絵巻とは絵画部分に共通するところが多いが、本文が完全に一致するというわけではない。今回の五軸本と何らかの関係があるのかもしれない。
時代的には後の絵巻であるが、高知県立高知城歴史博物館の三軸本も、絵だけで言えば、構図等が本五軸本と似ている。しかし、その本文はやはり完全には一致しない。だいたい、『酒呑童子』は、室町時代初期には成立していた物語であるので、その本文系統は相当数に分かれている。いちおう、大江山系と伊吹山系に分けているが、その本文だけを見ると、複雑に交差しており、絵の無い写本を含めて考察することは至難の業である。松本隆信氏がいちおうの分類を試みてはいるが、その後、きちんとした分類はできてはいない。ましてや絵を含めた作品の系統分類は、まだまだ、新しい作品が出てきている以上、研究を進めるのが難しい状況である。
今回の五軸本については、明らかに『酒呑童子』絵巻の中でも古い作品であったので、その写真だけは、拙著『見て楽しむ奈良絵本・絵巻 描かれた昔話と物語』(八木書店、二〇二六年五月)に取り上げている。今回は、その本文を含めた部分と代表的な首切りのシーンを取り上げた。これら以外の場面も、サントリー本の影響下で描かれたのは間違いないが、よく調べると個性的なところは多い。絵巻としては、なぜか、五巻目に、絵画場面が十メートル近くも続く箇所があり、これまで見たこともないような体裁なのである。
なお、四月末から七月半ばまで、東京国立博物館において「アイルランド チェスタービーテイー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」展が開催された。その宣伝用ポスターも会場入り口のパネルにも、『大江山』絵巻が使用されていた。このチェスタービーテイー本の『酒呑童子』絵巻も、大江山系ではあるが、江戸初期制作の優品である。


〔書き手〕
石川 透(いしかわ とおる)
1959年、栃木県足利市生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
慶應義塾大学文学部名誉教授(国文学)。
〔主な著作〕
『慶應義塾大学図書館蔵 図解御伽草子』(慶應義塾大学出版会、2003年)
『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、2003年)
『奈良絵本・絵巻の展開』(三弥井書店、2009年)
『入門 奈良絵本・絵巻』(思文閣出版、2010年)
〔八木書店 奈良絵本・絵巻 関連書籍〕
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