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奈良絵本・絵巻の研究と収集(石川透)

奈良絵本・絵巻の研究と収集(82) ー咸陽宮ー

 


 前々回と前回は、『異国物語』を取り上げた。特に、前々回において紹介した画帖六〇枚の本文は、浅井了意の筆跡であり、その内容も浅井了意が作った、あるいは、改作した可能性があることを記した。『異国物語』には、一六五八年に刊行された版本があるので、仮名草子作品として知られているが、もし、パリ本のような奈良絵本や、前々回の画帖のような作品が先に知られていたら、御伽草子に分類されていた可能性もある。
 
 これまでも記してきたが、御伽草子や仮名草子といった分類は近代になって本格的に行われ、その考えはきわめてあいまいなものである。ましてや、どの作品が御伽草子で、どの作品が仮名草子であるかの区別は、全くできていないのである。いちおう、室町時代に創作された作品群を御伽草子と呼び、江戸時代前期に創作された作品を仮名草子と呼ぶのが普通の分け方なのだが、だいたい、これらの作品の成立がはっきりしない以上、明白な分類は不可能なのである。さらに困ったことに、御伽草子と仮名草子の作品群は、江戸時代前期の一六〇〇年代に作られた写本(奈良絵本・絵巻を含む)や版本が圧倒的に多く残されており、見た目にも分類は困難なのである。

 これまでの研究史を見ると、奈良絵本・絵巻に仕立てられていると御伽草子に分類され、版本が多く残されている作品は仮名草子に分類されることが多かった。このように分類が不安定な状況であったから、仮名草子作品を集大成した『仮名草子集成』が刊行され始めた時に、それ以前に刊行が進んでいた『室町時代物語大成』(御伽草子作品群の集大成)に掲載された作品ははずす、と宣言されたほどである。

 ということは、研究者の多くは、御伽草子と仮名草子の区別が簡単にはできないと意識していたことになるが、あえてこの問題は取り上げられてこなかったのである。私自身は、これまでも記したように、文学史上のジャンル名自体を意識しない方が良いと思っている。それは、どちらかの専門家になってしまうと、片方が見えなくなるからである。

 このような前提の元に、『異国物語』を見ると、版本と奈良絵本・絵巻の両方に仕立てられており、奈良絵本・絵巻の方には、浅井了意筆の作品が存在する。浅井了意筆の版本が出現した場合には、その本文の内容も浅井了意が創作した、あるいは、改作した作品と推測できるものばかりである。一方で、奈良絵本・絵巻に浅井了意の筆跡が出てくる作品には、『源平盛衰記』や『太平記』が存在するように、明らかに筆耕として書写している作品がある。ということから、浅井了意は、奈良絵本・絵巻等の豪華写本の筆耕であったことが分かり、そこから、さまざまな作品の内容を作る作家となっていった、と推測できるのである。

 正確には、筆耕と作家の仕事を同時に行っていたと思われ、版本における自筆版下作品は、内容を作ると共に、その清書も担った作品群である。おもしろいのは、その創作作品の全てを清書しているのではなく、半分だけ清書し、半分は他の筆耕に任せていたり、序文だけ清書していたりする作品が存在することである。奈良絵本・絵巻においても、奈良絵本『平家物語』のように、部分的に清書した作品が存在している。

 これらのことから、浅井了意は、自分が創作した作品は、自分で清書することがあることが分かる。これまでは、版本の世界の自筆版下の作品群だけが知られていたが、同じことは、奈良絵本・絵巻類でも行われていたと考えられる。草稿段階では、版本であろうが、奈良絵本・絵巻であろうが、同じように作るはずである。それを清書する段階で、版本用の紙に記すか、奈良絵本・絵巻の紙に記すかの違いであるが、元々、了意は、奈良絵本・絵巻類の筆耕であったのである。自分で創作し、自分で奈良絵本・絵巻の本文を記していていても何らおかしくないのである。もちろん、その草稿があれば、他の奈良絵本・絵巻類の筆耕も写すことができる。

 浅井了意作と考えられている作品には、『狗張子』や『伽婢子』のような、元々漢籍であった作品を翻訳し、集成し直した作品が多い。『異国物語』は、これまで浅井了意作との説は出ていないようであるが、内容的にはまさにそのような作品なのである。その版本と画帖には、若干の異動がある。となると、その創作か、その改作において、あるいは、その両方において、了意が関わっていた可能性が十分にあると考えられるのである。

 この本来存在した作品を改作する、という行為は、了意の行動として常に念頭に置かなければならない。というのは、仮名草子作家として著名な鈴木正三の遺作である『因果物語』を平仮名絵入り本んとして出版したのが了意であり、その平仮名本は、了意の自筆版下なのである。その出版年は記されていないが、『異国物語』が出版された一六五八年前後と推定されている。この出版に対して、鈴木正三の弟子達は怒り、一六六一年に片仮名本『因果物語』を出版し、平仮名本を偽りが施された本として、正しい『因果物語』を世に出したことが、その序文に記されているのである。ということは、了意は、元々存在していた本の内容を勝手に変えてしまう人物であることが分かるのである。

 ところで、『異国物語』のような漢籍翻案ものとして、同じように了意筆作品が見付かった作品としては、『咸陽宮』がある。『咸陽宮』には、版本が存在しておらず、絵巻としてしか残されていないようなので、御伽草子に分類されているが、この作品も基本的には、室町時代にさかのぼるような古写本は存在していない。その内容は、秦の始皇帝の宮殿である咸陽宮を舞台とした話である。ただし、この話は中世の作品群には多く取り上げられ、『源平盛衰記』や『太平記』、さらには、能としても取り上げられている。

 『咸陽宮』絵巻の研究は、意外にもかなり深く行われている。井伊春樹氏「『咸陽宮絵巻』の諸本とその性格」(『国語と国文学』一九九二年四月号)を始め、大阪大学の研究誌『語文』第六〇輯(一九九三年五月)は『咸陽宮』絵巻を特集していた。それらの先学の論を見ると、『咸陽宮』絵巻の本文系統が二つに分かれること、それらの系統の本文がさらにいくつかに分かれること、が記されている。しかも、それまでに知られていた諸本は、全て江戸時代前期制作と思われる絵巻であり、本文的には、皆少しずつ異なっている異本関係にあるのである。

 物語は、『源氏物語』や『伊勢物語』といった例外はあるものの、古写本が多く残されるほど、その異本が多く存在している。この『咸陽宮』については、室町時代以前の古写本が存在していないにもかかわらず、異本が多く存在しているのである。物語は室町時代までに書写された作品は多くの異本を生む、という物語の原則を覆すような作品がこの『咸陽宮』なのであった。その『咸陽宮』の絵巻に、浅井了意が本文を清書した作品が出てきたのである。元々著名な話とはいえ、さまざまな説話が取り替えるようなことを誰が行ったのか。『咸陽宮』の創作や改作、あるいはその両方に浅井了意が関わった可能性を考えるべきなのである。今回の写真は、『咸陽宮』絵巻の本文の冒頭と絵である。


〔書き手〕

石川 透(いしかわ とおる)
1959年、栃木県足利市生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
慶應義塾大学文学部名誉教授(国文学)。

〔主な著作〕

『慶應義塾大学図書館蔵 図解御伽草子』(慶應義塾大学出版会、2003年)
『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、2003年)
『奈良絵本・絵巻の展開』(三弥井書店、2009年)
『入門 奈良絵本・絵巻』(思文閣出版、2010年)

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