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奈良絵本・絵巻の研究と収集(石川透)

奈良絵本・絵巻の研究と収集(79)ー羅生門 乱行筆ー


今回も、乱行者と名付けた筆者が手がけた作品を取り上げるが、その前に、三月一三~一五日に行われたABAJ国際稀覯本フェア2026に出品されていた作品について触れてみたい。いずれも、江戸時代中期の制作であるので、今後触れることも無いであろうし、場合によっては今後見ることもない作品である。

一つ目は、『小紫』と名付けられた元文二年(一七三七年)に作られた絵巻二軸である。年代的に新しいので、図録に出ていた記憶も無かったのであるが、実見すると、奈良絵本・絵巻の最晩期の作品群に近いものであった。女主人公が狐であるという異類物に属する作品であることもおもしろいが、驚いたのは、一部ではあるが、春画が描かれていたことである。

私が研究してきたのは、一七世紀を中心に制作されていた絵巻であったが、途中に春画が出てくるような作品は見たことがなかった。春画は一七世紀においては、枕絵として作られており、『日本古書通信』の連載においても、取り上げたことはあった。比較的に古いものとしては、岩佐又兵衛(一五七八~一六五〇年)制作とされる作品が多く残されており、その後も江戸時代を通して作られ続けていたジャンルである。

おそらくは、どの時代であっても、春画作品は、一般的な本や絵巻とは区別されていたと思うが、岩佐又兵衛がそうであったと言われるように、絵師は、一般的な絵と春画の両方を描いていた者もいたと考えられる。『小紫』は、その奥書から絵師も制作年代も明らかな作品であり、あえて、春画の絵を取り入れたようである。だいたい、細かな奥書を記すということが、江戸時代前期ではほとんど見られないことであり、江戸時代中期であるからこそ、このような絵巻が制作されたのであろう。
もう一つの絵巻は、会場に来ていた徳田和夫氏に薦められて見た作品であるが、やはり江戸時代中期に制作されたと思われる、『鼠の婿嫁入草紙』である。『鼠の草紙』を元に作られたと思われる絵巻であり、その内容も江戸中期に作られたものと考えられるが、鼠の嫁入りの行列の絵に、我が家の家紋が出てきたのである。

実は、江戸時代初期以降の鼠の嫁入りが描かれた作品には、その行列の櫃に二つ引き両の家紋がよく見られるのである。二つ引き両の家紋は、足利一族の家紋であり、本来は兄弟筋である新田一族の大中黒とよく比較される家紋である。簡単に言えば、兄である新田が丸に横棒一本、弟の足利が丸に横棒二本の家紋を使用していた、ということである。

私は石川という名字であるが、これは明治以降に、婿や嫁を周りの石川家から得ていたために変更したものであった。江戸時代の先祖の位牌を見ると、全て仁木という名字である。私の祖母は、これは「にっき」と読まなくてはいけないことを常に言っていた。そういうこともあり、名字は石川に変更したが、家紋は残したのである。したがって、石川という名字で二つ引き両の家紋を使用する家は、我が家しかいないはずである。本来の仁木の家は、足利の一門でもあり、名前にも「二」の要素があるので、二つ引き両を使用していたのであり、我が家の古い箪笥や古箱には、必ず鉄で作られたこの家紋が貼られていたのである。

この二つ引き両の家紋がなぜ、鼠の嫁入りの絵に頻繁に登場するのかは不明である。少なくとも、本文には、鼠が足利の一族である、というような記述は見られない。比較的に著名な家紋であるからかもしれないが、それが鼠の嫁入りと結び付く理由を知りたいのであるが、まだ解明できていない。
前書きが長くなってしまったが、今回は、乱行者が本文を書いた、『羅生門』を取り上げたい。実は、『日本古書通信』2025年5月号において、『羅生門』を取り上げている。その号の表紙には、カラー写真が掲載されており、その白黒写真は本文に出てくる上段の写真と同じである。しかし、下段に掲載した写真は、別の『羅生門』絵巻の同じ場面の絵だったのである。

その号の話題の中心とした上段の『羅生門』絵巻は、その本文は朝倉重賢と思われる筆跡であった。一方で、今回取り上げるのは、その本文が乱行者の筆跡なのである。今回の写真二枚は、その本文も分かるように横に広い画面にしたので、その文字も見えると思うが、これまで二回取り上げた、『年中行事歌合絵巻』と『長恨歌』の本文と同筆で、行の間隔がずれているところも同じである。
ところが、絵画部分を『年中行事歌合絵巻』と並べて比較すると、人の顔が相当に異なるのである。以前記したように、乱行者の本文筆跡が出てくる絵巻の絵は、その人物の顔や描き方に共通するものがあり、明らかに同じグループの絵師が描いた、と考えられるものであった。
以前記したように、この乱行者の筆跡が出てくる絵巻は、かなり特徴のある絵巻であった。江戸時代前期、すなわち、一七世紀半ばから後半にかけて作られた絵巻は、日本の絵巻の中でも、最も豪華に、最も数多く制作されている。今回のABAJの会に出品されていた絵巻も、その多くは、この時代の絵巻であった。その体裁は、それぞれが類似しており、おそらくは、京都の絵草紙屋が制作したものと考えられる。
乱行者が関わった絵巻も、京都の絵草紙屋によるものと考えているが、軸に金属を使用する等、かなり個性が出ているのである。今回の『羅生門』乱行筆の絵巻は、軸は金属ではなく、絵も別の系統と思われるので、あるいは、少し時代がずれるか、絵草紙屋自体が異なるのかもしれない。
ところで、『羅生門』は、源頼光の家来筆頭である渡辺綱の話として知られている。渡辺綱が、鬼の手を二度にわたり切り、最終的には、綱の家から逃げ出そうとする鬼の首を切り落とすのである。だから、綱の子孫と称する渡辺家においては、家に鬼が逃げ出す経路となる破風(はふ)は作らない、との言い伝えがあるのである。

ところが、この『羅生門』の伝説には、最終的に、鬼の手を主人である源頼光に渡すという話も存在する。その場合は、頼光の家から鬼が逃げ出すことになる。とうぜん、鬼は、頼光の乳母として登場する。今回の乱行者の絵は、まさに、この源頼光が鬼を切っているのである。

したがって、『日本古書通信』2025年5月の二枚の写真は、上段が渡辺綱が鬼を切るシーンであり、下段が源頼光が鬼を切るシーンとなり、正確には、同じ場面ではない。この時代の絵においては、同じ人物は、全巻を通して同じ衣装であり、場合によっては、他の絵巻であっても、同一人物は同じ色の衣装を着ていることもある。『酒呑童子』等は、武士の数が多いので、衣装の色で区別しなければ、見た目に分かりずらくなってしまう。このように、『羅生門』は、絵の描き方も考えさせてくれる作品なのである。


〔書き手〕

石川 透(いしかわ とおる)
1959年、栃木県足利市生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
慶應義塾大学文学部名誉教授(国文学)。

〔主な著作〕

『慶應義塾大学図書館蔵 図解御伽草子』(慶應義塾大学出版会、2003年)
『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、2003年)
『奈良絵本・絵巻の展開』(三弥井書店、2009年)
『入門 奈良絵本・絵巻』(思文閣出版、2010年)

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