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会計報告書が語る古代の社会

廝(かしわで)の任務 【会計報告書が語る古代の社会 9】

奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。

「正税帳」からは、当時の料理人「廝」の任務も明らかになる。天皇に献上する特別な食材を運ぶ旅に同行した「廝」や、都へ向かう相撲人と共に旅をした「廝」の記録をひも解くと、当時の食文化や人々の暮らしが垣間見える。

御贄の廝

廝(廝丁)は一般には料理人をいう。シェフといったエライものではなく、飯炊き兼雑用係といったところである。正税帳には二箇所に登場する。天平十年(738)度淡路国正税帳には、御贄を運ぶ一行に廝丁がいる。正税帳に書いてあるから、道中の食料は出発国が負担している。

71  正月二節 御贄一十五荷担夫一十九人
72    廝丁四人、合二十三人〈柄宍四頭々別充担夫二人〉

正税帳はここで切れているが、この記事はこれで完結している。御贄(天皇に差し上げる食物)の荷物は15個。担ぐのは19人。荷物は柄宍が4頭で、1頭を2人で担ぐから、計8人。残りの荷物11個は、1人1個である。4人の廝丁は何も担がない。

柄宍についてはよくわからない。「エノシシ」と読んで、柄に通したイノシシと掛けているのではないか。柄に通して2人で担ぐとなると、なかなか立派そうである。

廝丁は御贄は担がないが、一行の食料や炊飯具などを担いだのではないか。しかし正税帳にある荷物を運ぶ一行の記事で、「廝丁」がいるのはこの一件だけである。実際には廝が同行していたとしても、正税帳の記事の表には現れていない。道中の炊事は、ふつうは皆が交替でしたのだろう。

柄宍が4頭、廝丁が4人である。この柄宍を天皇に献上する、調理の儀式があるのではないか。ありていに言えば、”マグロの解体ショー”である。脚注には書かなかったが。

相撲人の廝

もう一件の廝は、天平十年度周防国正税帳にある、長門国から相撲人と同行して京を往復した一人である。

20  (六月)廿日向京伝使〈長門国相撲人三人・廝一人、四人 往来八日食稲十二束、酒一斗九升二合、塩六合四勺〉

隣国長門国から周防国に入ったのが6月20日。4日かけて周防国を通過した。往来8日だから、年内に帰国している。相撲人は、7月7日の相撲節(すまいのせち)で相撲をとって天皇にご覧にいれる役目である。国司が選抜したのか中央から指名があったのか、「伝使」は馬・食・宿が支給される公用出張者である。計算すると、3人は1日稲4把・酒8合の下級官人相当である。これは相撲人だろう。残る1人は1日稲3把の従者相当である。廝はお供の扱いである。塩は一律に1人1日2勺である。

正税帳に残る伝使の記事の中で、廝はこの1人だけである。伝使の中にはお気に入りの料理人を連れている人がいたかも知れないが、とくに「廝」とはしていないのだろう。お供はすべて「将従」・「従」である。
この記事の次に、当周防国の相撲人の記事がある。

21  (六月)廿一日向京伝使〈周防国相撲人三人 往来六日食稲七束二把、酒一斗四升四合、塩三合六勺〉

日付は当周防国での給粮開始日。こちらは相撲人だけの一行3人である。当国の交通の中心(国府)は、長門国境からは1日、安芸国境からは3日の位置である。長門国相撲人と周防国相撲人は周防国府でおちあって、一緒に京へ向かったのだろう。

伝使はその証明として伝符を携行する。伝符には一行人数の刻み目がある。長門国相撲人は4剋、周防国相撲人は3剋の伝符である。しかし4剋伝符は本来6位から8位の官人用であり、初位以下無位は3剋伝符である。また伝符は国には置いていない。相撲人用として特に国へ送り届けられたものではないか。いつもの廝が作った料理を食べなければ相撲の実力を発揮できない、との主張が認められたのだろうか。

天平四年度越前国郡稲帳にも、同国相撲人の記事がある。

28  向京当国相撲人三人、経二箇日、食料稲二束四把(中略)敦賀郡

敦賀郡は食料を支出した郡で、国府所在の丹生郡の隣郡であって、若狭国に接している。この国を通る公的旅行者は一郡一日食であり、経二日は京の往復になる。相撲人3人は長門・周防両国と同じだが、伝使ではない(この帳は伝使の伝符剋数を記録している)。要するに、伝使も相撲人も、まだまだよくわからないのである。

【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』

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長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。

【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021


〔書き手〕

榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕

訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)

翻刻・影印 天平諸国正税帳