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会計報告書が語る古代の社会

倉の中の穀の量り方【会計報告書が語る古代の社会 5】

奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。

奈良時代の日本では、穀物の量を斛・斗・升などの単位で測っていた。しかし、枡で正確に測るのは難しかったため、実際には倉庫の寸法と穀物が積まれた高さを測って、その体積から量を割り出していたようだ。本書では、当時の帳簿を例に挙げながら、現代の私たちには想像しにくい、大昔の工夫が垣間見える。

量の単位

穀(モミ米)・米、酒などは体積によって、斛(こく)・斗・升・合・勺・撮(さつ)の単位で量る(この順に10分の1になる)。斛は後に「石」字を使うようになるが、基本的にこの単位系は現在までずっと同じである。実際の体積は明治期以降1升約1.8ℓであるが、奈良時代ではその半分弱である。つまり1撮は1ccに満たない量である。

摂津国正税帳

天平8年(736)度摂津国正税帳の西成郡には、次のようにある(行頭の数字は行番号)。

16  動用漆仟捌伯玖拾弐斛捌斗漆升壱合漆勺伍撮
17   量乗陸拾漆斛壱斗参升陸合壱勺伍撮
18   合漆仟玖伯陸拾斛漆合玖勺

書き換え防止のために、数字は大字(だいじ)を使っている。分かりやすく書き換えるとこうである。

16 動用7892斛8斗7升1合7勺5撮
17  量乗67斛1斗3升6合1勺5撮
18  合7960斛0斗0升7合9勺

16行は、帳簿上存在している動用穀(使用可能な穀)である。これを量ったところ、17行に記すだけの剰り(余分)があった。それを合計した現在高が、18行である。計算は合っている。単純な足し算である。
しかしこの「量乗」は、どうやって量ったのだろうか。1斛マスを用意して7892杯数えたのだろうか。
もしそうするなら、まず天気予報が必要である。多量の穀物を量ることは、大雨や大風の日にはできない仕事である。

マスで量るのは難しい

穀物をマスで正しく量ることができるだろうか。簡単な実験であるが、コップで米を量ってみよう。上面を箸でこすって、平らにする。これでコップ1杯である。つぎにこのコップを軽く揺する。あるいはたたく。そうすると上面はへこむ。コップ1杯の米量とは、なにを指すのか。

摂津国正税帳の復原実験としては、この米を別の大きな容器に移して、改めてコップ1杯を量り、これを7千回ほど繰り返して、、、としなくてもわかる。要するに正しく量ることなどできないのである。では天平8年の摂津国ではどうしたのか。

和泉帳の倉の記事

天平九年(737)度和泉監正税帳には、次のような正倉の詳しい記事がある。「監」はここでは「国」と同じである。〈 〉は原文は2行になっている。適宜算数字にした。

99 動用東第2板倉〈長1丈7尺4寸、広1丈4尺5寸、高1丈5寸〉
   塞〈長5尺2寸、広4尺2寸〉 積高〈9尺7寸〉
100  天平八年税帳定稲穀 728斛1斗2升7合2勺8撮
101  〈天平六年佑従八位上土師宿袮比良夫収納者〉

この板倉は天平6年に収納した(封をした)。天平7年・8年はそのままの状態で、当天平九年まで来た。この100行の数字は、どうやって出したのか。倉の長・広・高は、内法の寸法だろう。そこに穀がバラ積みになっている。塞は稲穀の出納作業用に、穀倉の戸口の内側にある空間である。倉の「長×広」から、塞の「長×広」を引くと倉の有効床面積になる。これに「積高」を掛けると、穀の体積が出る。倉の内法は、倉を造った時に測ってあるのだろう。「積高」は、塞の内側に1丈(3m)のハシゴを掛けてのぞき込む。5m×4mの広さに積んである穀の上面が、真っ平らであることを確認するのである。それが精確かなどとは、聞いてはいけない。そうして確認した倉ごとの数字を合計して、国の保有する全穀量を出す。政府の財政政策は、それに基づいて立てるのである。

なお、これまでのコラムにかかわる出版物、榎英一著『正税帳読解』が八木書店より2026年1月に刊行される。ぜひご一読いただきたい。

【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』

・PDF試し読み

長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。

【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021


〔書き手〕

榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕

訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)

翻刻・影印 天平諸国正税帳

『正税帳読解』(八木書店、2026 年)

正税帳読解