国内を巡る国司の食事と業務【会計報告書が語る古代の社会 4】

奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。
平安時代の地方官「国司」は、各地を巡って業務にあたった。「正税帳」には、そんな彼らの出張の様子や、そこで振る舞われた食事が記されている。人々と交流し、その暮らしぶりを探る国司の任務、そして豪華な宴から質素な食事。正史には記されない、古代の公務員の姿と旅路が、本書で鮮やかに浮かび上がる。
国司巡行
国司はさまざまな業務で国内を巡行する。正税帳にはその巡行への食料支出の記事として書いてある。巡行名目は国によって若干違いがあるが、平均すると10回ほどである。
「正税出挙」といった名目なら業務は明白であるが、「推問消息」などは、ちょっと見ただけでは何をするのか不明である。天平十年(738)度周防国正税帳である(行頭の数字は行数番号、〈 〉内は二行書き)。
133 推問消息国司壱度〈守一人、目一人、史生一人〉将従陸人合
134 玖人十五日単壱伯参拾伍人〈目已上卅人、史生十五人、将従
135 九十人〉食稲肆拾伍束、酒肆斗弐升、塩弐升漆合
国守は、目と史生を連れて、15日間国内を巡った。将従は、守に3人、目に2人、史生に1人が付く従者、お供である。
巡行の食費と食事
食稲は1人1日あたり、史生以上は4把、将従は3把。酒は目以上は1升、史生は8合。塩はすべて2勺である。稲(穎稲)4把は、米にすると2升。当時の升は現代の半分弱である。1日2食だから、1食に米を(現代の単位で)5合食べる。お供は3合半。エライ人は胃袋が大きい、とはならない。
出張旅費として稲をもらっても、出先でそれをついて米にして、などできるわけがない。
正税は郡単位で管理している。正税帳も郡単位での収支である。この稲・酒・塩は、これだけの量は郡の倉から取り出したが、それはそのまま郡の別の倉(か、物置か、厨房か)に運ばれたはずである。
国司一行は郡司に先導されて、郡ごとに存在する宿舎に到着。そこで郡司から郡の政務の報告を受け(たはずである。たぶん。きっと)、その後宴会。
稲・酒・塩の規定は、出張費の算定基準である。この規定通りに食べるわけではない。それはすでに郡の正倉からは支出済みである。国司一行は出されたものを遠慮せずに食べる。規定の食費で間に合うかなどといった遠慮は無用である。酒だって好きなだけ飲めばよい。また逆に、下戸だからといって、その分をどうするというものでもない。
ちなみに国司(に限らず官人)が、所管する地域の人民から供応を受けるのは違法である。官人側がそれを強制したら重罪である。これは日本の律も、その手本となった唐の律も同じである。しかし日本の律には続きがあって、先方が自発的に提供するものなら、受け取っても支障無いとする(唐律ではこれも禁止している)。日本は官人に優しいのである。
なお国司一行は、国司と将従の計9人だけではない。国司が視察に行くのであるから、人数はわからないが、国庁から書生やらなにやらがゾロゾロついてきた。彼らも同室か隣室かはともかく、同様に食事をしたはずである。自分が持参した冷たい飯だったのかは、これも不明だが、もともと郡司やその少し下くらいの階層の出身者である。お互いに日常の業務で顔見知りだろう。食事は郡司が提供したのだろう。
「推問消息」
翌朝酒が醒めた国守一行は、その郡内をめぐる。「消息を推問」については、但馬国正税帳に「風俗を観、幷せて伯姓の消息を問う」とあるのがまだ分かりやすい。国守様が、現地の百姓をつかまえて、「達者にやっているか、暮らしに不自由はないか」とお尋ねになるのである。また百姓たちの風体や顔色を見て、地元の郡司の仕事ぶりを察する。郡司の勤務評定も兼ねている。親孝行な者がいたら表彰し、賢い子どもがいたら国学(その国の学校)へ入るようにするとか、巡行で国司に期待されている任務は多い。ただしこれらを真面目に励まなくても、国司の勤務評定には、特に影響は無いようなのだが。いや、徳と慈愛に満ちた国司様が顔を見せるだけで、百姓たちはそれに影響されて産業にいそしみ行状を正しくするはずである。
なお、国司のご下問や百姓の返答には、京で10年か20年兵衛として仕えて、郷里に戻って父親の後を継いで郡司になったといった者が、通訳しただろう。国司の奈良弁がどこでも通じるわけではない。
なお、これまでのコラムにかかわる出版物、榎英一著『正税帳読解』が八木書店より2026年1月に刊行される。ぜひご一読いただきたい。
【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』
長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。
【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021
〔書き手〕
榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕
訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)


