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会計報告書が語る古代の社会

賑給(しんごう)の実際は 【会計報告書が語る古代の社会 10】

奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。

「賑給(しんごう)」は、国家の慶事や災害時に、高齢者や身寄りのない人々、病人などに食料を支給する古代日本の制度である。正税帳にはその詳細な記録が残されており、特に天平9年(737年)の和泉監正税帳からは、疫病流行時の賑給の様子がうかがえ、支給対象者の選定基準や、帳簿上の端数処理など、当時の会計や実務における課題も垣間見える。

賑給とは

「賑給」は、国家の慶事や疫病・飢饉などに際し、高齢者・身寄りのない人・僧・病人などに食料などを支給する制度である。正税帳では、その支出と、関係する国司の出張費の記事がみえる。天平九年(七三七)度和泉監正税帳にはこうある。

18 依五月十九日恩勅賑給高年鰥寡惸独等人惣一六一六人 稲穀六五四斛四斗
〈僧一人八斗、僧七人別四斗、百年已上二人別一斛、九十年已上一六人別八斗、八十年已上九四人・鰥一七四人・寡九六九人・惸三二八人・独二五人・合一五九〇人別四斗〉

天皇の有り難い命令によって、高年者、鰥寡惸独(配偶者や身寄りのない高齢者、孤児)などに、稲穀(モミ米)を支給した記録である。この天平九年は伝染病が広がり、死者も多かった。賑給の勅はこの五月十九日だけではなく、九月二十八日にも出ている。

21 依九月二十八日恩勅賑給高年八十年以上一二五人 稲穀一五二斛〈百年三人別三斛、九十年二一人別二斛、八十年一百一人別一斛〉

この二つの記事を比べると、五月には僧と高齢者および鰥寡惸独、計1616人が対象であり、九月は高齢者125人だけである。財源が乏しくなったのだろうか。

高齢者の人数が増えているのは?

不審なのは高齢者の人数である。百年つまり百歳已上(以上)は、五月2人、九月3人。九十年已上は、五月16人、九月21人。八十年已上は五月94人、九月101人。五月より九月のほうが人数が増えている。数え年だから一年中同じ年齢である。五月の僧が九月は高齢者に含まれているとしても、計算が合わない。百年・九十年の鰥寡の人がいても、五月には支給量が多い百年・九十年で数えていただろうから、九月に人数が増えるのはおかしい。伝染病の最中だから人数が減るのなら分かるのだが。

賑給対象者の名簿は作って正税帳と一緒に提出するから、存在しない人間に支給したといった嘘はつけない。年齢も戸籍で確認できるから嘘は無いはずである。

和泉監正税帳には今一つ、民部省符による賑給がある。

15 依民部省天平九年四月二十日符急戸八九烟口二八二人〈男九四人、女一八八人〉
賑給稲穀八九斛八斗〈二六人別五斗、二五六人別三斗〉

「急戸」は生活が苦しい家である。それが89軒で282人。生活が苦しいかどうかは、どうやって選別したのだろう。女が男のちょうど二倍というのも、何かありそうである。
天平十年度淡路国正税帳にも穀の賑給記事がある。その内訳をわかりやすく記す。「篤疾」以下は、病気・障害のある人である。「疹疾」はまだ終息しない伝染病患者か。

全部で713人。内訳は、八十年以上18人(人別六斗)、鰥82人(六斗)。
寡88人(四斗)、惸76人(四斗)、独36人(四斗)。
篤疾59人(二斗)、廃疾82人(二斗)、疹疾270人(二斗)。

穀量でまとめると、六斗100人、四斗200人、二斗411人である(合計から2人足りない)。つまり六斗と四斗の対象者は予算があって、それに合わせているのである。実際は八〇歳だが含まれていない人がいるのか、逆に七十代だが八十とされた人がいるのか。

同年但馬国正税帳では、穀の賑給もあるが、「糟」(酒糟)を支給している。

9  糟八斛〈賑給疫病者一千六百人、々別五合〉

これは8斛の酒糟を全部使うという方針があって、それに合わせて1600人を選んだのだろう。しかし1600人の名簿を作ったのだろうか。律令政府ならやりかねないとも思うのだが。
生活が苦しいとか病気が重いとかは、選別が難しい。どうやって選んでも苦情は来るだろう。役人として一番簡単で無難なのは、年齢で線を引くことである。公式的な戸籍が存在する。最初の戸籍で年齢をどのように確認して記したかは、また別の問題である。

なお、これまでのコラムにかかわる出版物、榎英一著『正税帳読解』が八木書店より2026年1月に刊行される。ぜひご一読いただきたい。

【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』

・PDF試し読み

長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。

【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021


〔書き手〕

榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕

訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)

翻刻・影印 天平諸国正税帳

『正税帳読解』(八木書店、2026 年)

正税帳読解