捕虜になった蝦夷―俘囚の旅―【会計報告書が語る古代の社会 6】

奈良時代の正倉院文書に国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」が27通現存する。それを読み解くと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までが見えてきた。
「正税帳」には、東北地方で捕らえられた蝦夷の人々、「俘囚」たちの、遠く九州までの旅の記録が残されている。本書では、俘囚たちがどのように護送され、各地でどのような食料が支給されたのか、その知られざる旅路をひも解く。
駿河帳の俘囚
天平10年(738)度駿河国正税帳には、同国を通過した俘囚(ふしゅう)の記事がある。捕虜になった蝦夷(えぞ・えみし)である。
87 従陸奥国送摂津職俘囚壱伯壱拾伍人〈従〉 六郡別半日食
陸奥国から摂津職(大阪府)まで送られる、115人が通過した。1日2食だから、「半日食」は1食のこと。つまり駿河国を6郡で1食ずつ食べて、3日で横断した。
護送してきたのは、隣の相摸国の兵士である。
34 従陸奥国送摂津職俘囚部領使相摸国餘綾団大毅大初位下丈
35 部小山〈上一口、従一口〉 三郡別一日食為単陸日〈上三口、従三口〉
36 俘囚部領大住団少毅大初位下当麻部国勝〈上一口、従一口〉 (下略)
この部領使二人は指揮官であって、護送のための兵士が何人も同行したが、兵士は自腹であるから正税帳には現れない。彼らは駿河国に入って3郡で1食ずつ食べた。その先の国府で、俘囚は当駿河国に引き渡し、また3郡で1食ずつ食べながら帰国した。「三郡別一日食」は、この意味である。受け取った駿河国側については、護送指揮官が
38 当国俘囚部領使史生従八位上岸田朝臣継手〈上一口、従一口〉三郡別一日食
40 俘囚部領安倍団少毅従八位上有度部黒背〈上一口、従一口〉三郡別一日食
とある。当駿河国内を3食で通過して隣の遠江国まで届ける。リレー式である。ちなみに彼らは当駿河国の住人であるが、勤務中は食料費が出る。
筑後帳の俘囚
摂津職に着いた115人の俘囚のうち、62人は、さらに筑後国(福岡県)まで送られた。同年筑後国正税帳には次のようにある。分かりやすく書く。「俘」字と「浮」字は通用する。
14 浮囚陸拾弐人
48人 起天平10年4月26日尽12月30日并270日
3人 起 4月26日尽12月3日并243日
7人 起 4月26日尽11月9日并220日
4人 起 4月26日尽11月2日并213日 惣単16081人
62人が4月26日に到着した(正しくは25日到着かも知れない。食料支給は26日から)。うち4人は、11月3日に、どこかへ去った。筑後国以外の、大宰府管内のどこかの国か島だろう。4人はおそらく家族である。このようにして7人、3人と去って行き、48人はこの筑後国で年を越した。やがてどこかで土地を与えられ、そこで暮らすように命じられるのである。
周防帳の俘囚
この俘囚たちは難波津から分かれて筑後国に来る途中で、周防国を通過している。これは同年周防国正税帳の断簡からの推定である。
1 □□□□□□〈女卅九人〉
2 四日食稲伍拾束肆把塩伍升肆勺
3 部領使〈安芸国佐伯団擬少毅榎本連音足将、従一人、合二人、往来八日〉
推定はこうである。部領使(護送指揮官)は安芸国から来て周防国を往復している。周防国でリレーを交替しなかった理由は不明。部領される者は周防国を西へ通過している。食費から見て身分は低い。全63人、つまり男は24人である。これは俘囚だろう。
この頃陸奥国から出羽柵に達する直路が拓かれているから、それに際しての、あるいは戦闘の結果の、強制移動ではないか。女子と老幼者を中心とする俘囚が、雪どけを待って遠く陸奥から摂津へ送られ、さらにその一部が筑後に送られたのであろう。周防国を通過した4月下旬は現在の暦では7月にあたる。北国育ちで酷暑の中の長旅に耐えられなかった1人が周防国の先で脱落し、一行63人は62人になって筑後国に到着した。
正税帳は国単位の会計報告であるから、横に他国と関係するような記事はほとんどないが、この俘囚記事は珍しい例外である。
なお、これまでのコラムにかかわる出版物、榎英一著『正税帳読解』が八木書店より2026年1月に刊行される。ぜひご一読いただきたい。
【今回の八木書店の本】『翻刻・影印 天平諸国正税帳』
長らく品切で、復刊が期待されていた林陸朗・鈴木靖民編『復元 天平諸国正税帳』(1985年、現代思潮社)を全面改訂。
【編者】鈴木靖民・佐藤長門/【執筆者】荒井秀規・榎 英一・早川万年・山﨑雅稔
本体15,000円+税
初版発行:2024年11月1日
A5判・上製・函入・2分冊・546頁+カラー口絵4頁
ISBN 978-4-8406-2267-7 C3021
〔書き手〕
榎 英一(えのきえいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

〔主な著作〕
訳注日本史料『延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)


