キリシタン文献をMissionary Linguistics(宣教に伴う言語学)の視点から読み解く―『キリシタン語学入門』の刊行―(岸本恵実・白井純)
多数の写真から読み取るキリシタン版
昨今は高精細カラー画像による複製本の刊行が続き、欧米の図書館ではキリシタン版のオンライン公開も進められたため、手軽に原本画像を閲覧できるようになってきた。本書にも、オンラインで閲覧可能な原本画像を挙げておいたので、大学での授業で取り上げるのはもちろん、研究のスタートラインとしても十分な環境が整いつつあることは、研究者として喜ばしいことだと思う。
キリシタン版は金属活字を用いたプレス印刷なので、時として印刷用紙を突き破るほどの強烈な印圧がかかる。それによりインクが付いた印字部分は凹んでおり、印字の無い余白部分との間に著しいコントラストを示している。紙に奥行きがあることは原本を前にして初めて理解できることで、高精細な複製画像でも十分には再現できない。そうした原本閲覧の記憶は経験として説得力を持つもので、印刷技術の研究に不可欠であるのは言うまでも無いが、キリシタン版を深く研究しようという動機となり、授業内で話をしていても閲覧当時の感興が言葉に乗り移り、学生たちの反応がすこぶる良いことを実感している。
そこで本書『キリシタン語学入門』のコンセプトの一つとして、モノとしてのキリシタン版の感触が少しでも感じられるように図版を多く掲載することにした。図版には、2022年11月に発見された新資料『さるばとるむんぢ』をいち早く紹介した他、ライデン大学図書館とカサナテンセ図書館の閲覧室で白井がスマートフォンで撮影した写真も用いている。閲覧時にはスマートフォンのようなカジュアルな機器でキリシタン版を撮影して良いものか戸惑ったが、周囲の閲覧者もそれぞれの研究資料を気軽に撮影しているし、遠慮はいらないということだったので、それでは、ということで気合いを入れて撮りまくった写真の一部である(全ての図書館で自由な撮影が許されるわけではない)。その際、資料に正対した写真も撮ったが、斜めから撮影した写真も多く残した。カバーに採用した図版が典型的だが、原本を閲覧している気分がいくらか味わえるのではないだろうか。
以前に比べて格段に閲覧しやすくなった原本画像に、本書によって得られる知識を合わせることで、大学での講義や演習はより核心を突いたものとなり、若手研究者にとっては迅速に本格的な研究に取りかかれるチャンスが生まれている。本書には今後の研究課題を積極的に取り上げた箇所があり、解説にも敢えて脇の甘さを残した部分がある。そこには新しい研究の萌芽も少なからずあるだろう。
本書の出版を契機として各大学での講義や演習、諸分野との共同研究が活性化し、より多くの研究者がキリシタン語学に関心を持つことを心から願っている。
【著者】
岸本恵実(きしもとえみ)
大阪大学大学院文学研究科准教授。キリシタン語学、特に辞書編纂の研究。
〔主な著作〕
『キリシタン語学入門』』共編、2022年、八木書店
『フランス学士院本 羅葡日対訳辞書』2017年、清文堂出版
『ヴァチカン図書館蔵 葡日辞書』解説(京都大学文学部国語学国文学研究室編)1999年、臨川書店
白井純(しらいじゅん)
広島大学大学院人間社会科学研究科准教授。キリシタン語学、特に表記論の研究。
〔主な著作〕
『キリシタン語学入門』』共編、2022年、八木書店
『リオ・デ・ジャネイロ国立図書館蔵 日葡辞書』(エリザ・タシロと共編)2020年、八木書店
『ひですの経』(折井善果・豊島正之と共著)2011年、八木書店
【発売中】キリシタン語学入門(きりしたんごがくにゅうもん)
岸本恵実・白井純編
初版発行:2022年3月25日
B5判・並製・カバー装・168頁+カラー口絵・本体2,500円+税
ISBN 978-4-8406-2245-5 C1080