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出版部

高精細カラー版で読む中世公家の自筆日記 『実躬卿記』の見どころ(菊地大樹・東京大学史料編纂所)

紙背文書から見る公家社会

書写の上達と平行して、近衛中将から蔵人頭を経て公卿へと官途が上昇してくる永仁年間の半ばを境目に、紙背には暦や書状から訴訟や儀式出仕を命じる綸旨・院宣、また他者からの儀式への賛否を知らせる請文など公的な文書の割合が増えてゆく(図4)。

なかには儀式への不参加を伝える「故障請文」のように、通常伝来することがまれな文書の原本も含まれている。ここには紙背文書独自の世界が広がっており、その文書形式を影印によってつぶさに見ることができる。書状の中には勘返状も目立つが、これも親しい間柄での日常的な情報交換に用いられ、伝来することはそれほど多くない。勘返者としては、関東申次として鎌倉後期の公家社会に重きをなした西園寺公衡が目立つが、実躬がこのような有力者と昵懇であったことは、その政治的な立位置をうかがわせて興味深い。ほかに公衡が奉者となった院宣も残されており、あわせて筆跡や花押の研究に必須であろう。勘返状の差出者は、当然ほとんどは実躬であり、これも日次記とは違った書状独特の筆跡が残されている。ぜひとも彼此見比べていただきたい。


菊地 大樹(きくちひろき)
東京大学史料編纂所准教授(古文書・古記録部門)。博士(文学)。
「実躬卿記」で解説を担当(前田育徳会編『尊経閣善本影印集成70』八木書店、2021年予定)。東京大学史料編纂所において大日本古記録『実躬卿記』の編纂を担当。
〔おもな著作〕「『明月記』と『三長記』―『三長記』元久元年四月記の紹介―」(『明月記研究』14、2016年)・「中世一貴族の慨嘆」(東京大学史料編纂所編『日本史の森をゆく』中央公論新社、2014年)・「「実躬卿記」紙背文書と鎌倉時代の羽林家」(鎌倉遺文研究会編『鎌倉期社会と史料論』東京堂出版、2002年)