尊経閣善本影印集成
高精細カラー版で読む中世公家の自筆日記 『実躬卿記』の見どころ(菊地大樹・東京大学史料編纂所)
書写の習熟に励む青年期
実躬は家格の安定・上昇のため、父公貫や嫡男公秀らととともに朝廷への奉仕に励み、その一環として勤勉に日記を書き残した。故実や儀式、さらに亀山院をはじめとする治天の周辺で起こった事件や朝幕関係に関する伝聞などを書き留めており、内容的にも興味深い。尊経閣文庫所蔵自筆本他を底本とした大日本古記録『実躬卿記』(東京大学史料編纂所編、岩波書店)による全体の翻刻も進み、あわせて参照することにより原本の体裁と内容を総合的に理解できるようになった。
実躬が20代の時に記された最初の数巻は、文字がやや大きくて字間も広めであり、原本からはやや書写に手慣れていない印象を受ける。本シリーズにおいては、カラーにより墨の濃淡や筆勢・渇筆などの観察が容易であり、その様子がよく伝わるであろう。巻4には、紙背具注暦の余白に、実躬自身の花押や官途の習書も残されている(図2)。この時期には、とくに文書よりも具注暦・仮名暦を多く反故にして料紙に再利用していることが知られるが、影印を通覧すれば、裏側から透けて見える暦の界線を頼りに行を取り、日記を清書していることがよく分かる。