海外のキリシタン史料を読むために 高瀬弘一郎(慶應義塾大学名誉教授)
史料集と研究書の刊行
もっとも、文書を翻刻する者と、史料として利用する者とで困難を分担するのが主旨ではあるが、現実を直視するなら、これとても実現への道は限りなく遠く険しいといわざるを得ない。私自身すでに80歳を超えてなお、その遠く険しい道のりの一端を体験したに過ぎない。大航海時代叢書の『イエズス会と日本』1・2(2は岸野久氏共訳)(1981・88年)は、イエズス会文書を少々邦訳したものでるが、それはかつて村上氏や松田氏(代表)等が訳した文書とは、内容を異にするものばかりである。キリシタン史は決して、殉教から信仰の復活に至る道程だけではないことを、原史料によって明らかにしたいと思ったからである。
その後教会文書ではないが、八木書店からも『モンスーン文書と日本――十七世紀ポルトガル公文書集――』(2006年)および『大航海時代の日本――ポルトガル公文書に見る――』(2011年)の2冊の文書の邦訳を刊行した。いずれも大航海時代ポルトガルの公文書である。前者はリスボンの文書館、後者はゴアの文書館の所蔵になる。二書に収載した文書については、すべて翻刻されている。ゴアは文書保存の環境が不良で、翻刻本は殊の外貴重である。リスボン・ゴアいずれの文書館所蔵のポルトガル公文書も、わが国ではこれまで歴史研究者が個別に何点かの文書を史料として利用したのみで、その全容は知られていなかったといってよい。公文書といい教会文書といい、紹介して史料として利用していかねばならないのは同じである。
この拙文を書かせていただくのは、この度『キリシタン時代のコレジオ』および『キリシタン時代対外関係の研究』(新訂増補)の2冊の出版を、八木書店にお願いしたのに因んでのことである。若い頃から、カードを採りながらイエズス会文書を読む日の連続であったが、問題関心、研究テーマは移っていくので、再び初めに戻って読み直すことを余儀なくされる。速読――とても速読の対象になるようなものではないが、その量が多いのでどうしてもある程度速読を強いられる――のため、文書の読み落としや読み間違いがありはせぬかと懼れている。
高瀬弘一郎(たかせこういちろう)
1936年、東京に生まれる。
慶應義塾大学文学部卒業、慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学、慶應義塾大学文学部教授。現在、慶應義塾大学名誉教授。
〔著訳書〕
『キリシタン時代のコレジオ』(八木書店,2017年)
『新訂増補キリシタン時代対外関係の研究』(八木書店,2017年)
『キリシタン時代の文化と諸相』(八木書店,2001年)
『キリシタン時代の貿易と外交』(八木書店,2002年)
『モンスーン文書と日本――十七世紀ポルトガル公文書集――』(八木書店,2006年)
『大航海時代の日本――ポルトガル公文書に見る――』(八木書店,2011年)
『キリシタン時代の研究』(岩波書店,1977年)
『イエズス会と日本』1・2〔2は岸野久共訳〕(岩波書店,1981年・1988年)
『キリシタンの世紀』(岩波書店,1993年)
『キリシタン時代対外関係の研究』(吉川弘文館,1994年)