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尊経閣善本影印集成

影印から読み解く多彩な情報-高精細カラー版で『碧山日録』を読む-(山家浩樹・東京大学史料編纂所)

◆碧山日録の翻刻と影印

「碧山日録」には、おもに三種の翻刻がある。翻刻を重ねるにつれ、内容理解に容易な組版に推移している。たとえば、「碧山日録」には、多くの詩文が引用される。最近の翻刻『大日本古記録碧山日録』上下2冊(東京大学史料編纂所編)では、引用される詩文本文は改行し、詩文の表題は本文より字下げして改行するなど、改行を多用して、一見して引用であると了解されるよう工夫されている。

翻刻で「碧山日録」に接してきた方は、影印を見て驚かれるのではないだろうか。尊経閣本では、詩文の引用はもちろん、日付すら改行されていない。寛正元年(1460)閏9月2日条(第2冊69オ)をみよう【図2】。日記の記主がかつて伏見退藏庵の勗中澄遵から与えられた偈頌(詩)を見つけ出し、引用した記事である。この日記の記主が太極であることを確定する記事としてよく知られる。全体5行目「其叙曰」のあと「大極蔵主」から同7行目「祝之曰」までが序文、「刹々」以下の七言四句、つまり28字が偈頌。写本ではすべて追い込みであるが、翻刻では意によって、本文、序、偈頌をそれぞれ改行する。

 

要するに、翻刻には、大きな解釈が加わっているのである。細心の注意を払っているものの、それでも、間違いは起こりうる。加えて、間違いとは言えないまでも、改行によって日記を記した者の意図以上の印象をあたえてしまうこともある。「碧山日録」を詳細に検討し、内容を深く理解するには、翻刻から過度の印象を受ける事態を避けるためにも、影印を参照することが必須となろう。影印で史料を読むと、原史料への価値判断がほとんど入らず、客観的に解釈できる。影印で史料を読む価値のひとつといえる。

 

影印でしか得られない情報はほかにも多い。もうひとつ、「朱引」を取り上げたい。朱引とは、「人名・書名・所名・国名・官名・年号など、主として固有名詞の字面の上に朱書で種々の線を引いて示した符号」のことである(『国史大辞典』)。

長禄3年(1459)8月8日条(第1冊65ウ)をご覧いただきたい【図3】。中央にひく「満翁」などは人名を、右側にひく「慈眼寺」などは地名などと、線を引く位置で使い分けている。そのあとの朱傍点は偈頌を、9日条(66オ)の二重線は書名を示す。翻刻では、朱引そのものは示さず、傍注を付すことで固有名詞と示す程度である。朱引を目で追うと、本文理解に思わぬ助けとなる場合もある。

 

影印の豊富な情報を、ぜひとも活用いただきたい。

山家浩樹(やんべ こうき)

東京大学史料編纂所教授(特殊史料部門)。日本中世史、日本禅宗史。前田育徳会尊経閣文庫編『尊経閣善本影印集成75 碧山日録二』(八木書店、2021年)で解説を担当。東京大学史料編纂所において大日本古記録『碧山日録』上・下(2013年、2017年)の編纂を共同で担当。

〔主な著書〕『足利尊氏と足利直義 日本史リブレット人』(山川出版社、2018年)・『合本 支桑禅刹』〔共同校訂〕(春秋社、2014年)・『東京大学史料編纂影印叢書 室町武家関係文芸集』〔共編〕(2008年、八木書店)