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出版部

観客の目線と感動を求めて(桜美林大学教授 法月敏彦)

3.演劇教育の現場

帰国後の演劇実習では、『仮名手本忠臣蔵』を現代劇に脚色して演出しました。この時点で、歌舞伎作品研究と現代演出、さらに鶴屋南北や河竹黙阿弥という人(作者)と現代演出は筆者にとって別々の研究領域のものではなくなっていました。このような認識は、本邦初演となった作詞ティム・ライス、作曲アンドリュー・ロイド=ウェバー『ミュージカル・ヨセフ The Amazing Technicolor© Dreamcoat』の翻訳・演出を通して、また、唐十郎『少女仮面』、寺山修司『星の王子さま』などの現代演劇の演出などを通して、筆者の研究領域は、イギリスの現代オペラ、古典を摂取した現代演劇など、さらに広がっていきました。もはやこの時点では、それぞれが別々の研究領域であるという認識は消え去り、古今東西に深い繋がりを持つ演劇という固有の芸術研究という認識が筆者の中で固まっていきました。三歩目の認識変化です。

そして、このような研究に関する認識は筆者自身が身を置く現実の演劇教育現場についての研究に至りました。それは、演劇教育に従事する人だけでなく、演劇教育というもの自体が日本では20世紀以後の現象であり、現実社会における演劇というものの存在意義の変化と強く結びついているものであろうという考察です。

したがって、この40年間に得ることができた筆者の研究成果は、演劇を創造した人々と、その演劇を見つめ感動した人々の間に生じた事象が、時とともに変容した点に集約されていきました。本書は、このような研究の歩みを4部に構成し直して綴ったものです。

高度な研究成果が蓄積されている演劇のジャンル別あるいは要素別という細分化された研究とは趣を異にする本書が、とくに日本中世から近世、さらに日本近世から近代、日本近代から現代という過渡期の演劇研究の充実に繋がり、さらに東西という世界区分だけでは理解しにくい演劇文化現象の解明に寄与することがあれば、たいへんに嬉しいです。



法月 敏彦(のりづき としひこ)
1951年、静岡県生まれ。
日本大学芸術学部大学院修士課程修了

国立劇場嘱託を経て、調査事業委員。玉川大学教授を経て、現在桜美林大學教授・共立女子大学講師。

〔主な著書〕
『演劇研究の核心 ―人形浄瑠璃・歌舞伎から現代演劇―』
『近代歌舞伎年表 大阪篇』(共編著、八木書店、1985年)
『増補浄瑠璃大系図 上・中・下・別巻』(日本芸術文化振興会国立劇場、1993年)