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立正大学・古書資料館の世界

書入れが語る明治文人の交流 【立正大学・古書資料館の世界 1回】(小此木敏明)

3 『点石斎画報』

柔克の旧蔵書は、古書資料館にあるもので160点ほど確認できる。やはり漢詩文や儒教の本が多い。また、長年教師をしていただけあって、『初等漢文典』(山海堂書店、1910年)などの教科書も含まれている。その中にあって異色なのが、『点石斎画報』甲集第1~12号(申報館、1884年)である。これは、上海の申報館が、清朝末期に当時のニュースなどを絵入りで伝えた新聞である。イギリスの商人、アーネスト・メイジャー(1841~1908)が、ヨーロッパから購入した最新の写真版石印機を用いて印刷し、光諸10年(1884)から十数年間にわたり刊行された。絵師には呉友如らがいる(三山陵「呉友如『点石斎画報』―ペン画と写真製版石印」『アジア遊学』168、2013年)。『点石斎画報』は旬ごとの刊行で、12冊で1集となっている。集には甲・乙・丙・丁などの漢字が当てられ、それぞれに1から12の号数がある。甲集の第1から12号は第1集に相当する(石暁軍『『点石斎画報』にみる明治日本』東方書店、2004年)。掲載した画像を見てもらえば分かるように、絵はかなり緻密であり、当時の世相を十分に伝えている。

 

清仏戦争における北寧(現ベトナムのバクニン)の会戦の様子
旧蔵者によると思われる、「上海ノ滬城少シモ此ニカワラズ」と書かれた紙片が挟まっている。
『点石斎画報』甲集1号(1884年4月)

 

三山陵氏によると、『点石斎画報』には光諸23年(1897)の重印本があり、東京都立中央図書館蔵の初版本と比較すると、広告などに違いが見られるという(前掲論文)。柔克の旧蔵本は初版本だと推定されるが、12冊を1冊に合冊しているため、表紙は後に付けられたものだろう。
この『点石斎画報』には、甲集1号の扉に、合冊に関係する以下のような書入れがある。句読点・濁点は補った。

[…]此十二冊ハ甲ノ部ナリ。願クハ一部ニ装成セラレンコトヲ中村翁ニ奉願ス。決シテ閫外ニ出シ失ハヌヨウニ切望ス。璵シルス。

甲集1号の扉の書入れ

 

内容は、「中村翁」に対し、甲の部12冊を一部に製本して欲しいと依頼し、屋外に持ち出して紛失しないようにとある。書入れの主は「璵」という人物で、柔克ではない。「中村翁」や「璵」の詳細は不明だが、別の書入れに多少のヒントがある。

甲集の6号から、王韜の「淞隠漫録」という小説が連載されているが、その序文の末尾には以下のような朱の書入れがある。

甲申。八月念前一日。余訪王韜于上海懐仁里。[…]日本外斎生識

「淞隠漫録」序文末尾の書入れ

 

書入れによると、「日本外斎生」(留学生の意味か)という人物が、上海の懐仁里に王韜を訪問していることが分かる。甲集の6号は、光諸10年(1884)の閏5月に刊行されているので、「甲申。八月念前一日」は、同年の8月19日だろう。この「日本外斎生」が、中村翁に製本を依頼した「璵」だとすれば、「璵」は、当時の中国に住んでいた日本人で、王韜と交流があった人物ということになる。

王韜(1829~1897)は、ジャーナリストでもあり、当時の中国にあって西洋事情に詳しく、日本でも知られた存在だった。王韜自身も日本に関心があったらしく、明治12年(1879)に来日し、3月から7月までの間に多くの日本の文人たちと交流したことが知られている(増田渉『中国文学史研究』岩波書店、1967年)。その中には、三島中洲の名前もある(王韜『扶桑遊記 上』報知社、1879年)。「璵」も、日本で王韜にあった人物の一人かもしれない。

柔克がこの本をどのような経緯で手に入れたのか不明であるが、三島中洲など、当時の文人たちとの交流の中で入手した可能性もあるだろう。

 

4 おわりに

“古書”資料館のアピールのためのコラムと言いながら、近代の本を紹介してきた。しかも、取り上げた本は決して名の通った貴重書というわけではない。しかし、本の価値というのは、知名度や年代の古さだけによるものではないだろう。人から、よく本好きだと言われるが、自分としては、別にそういうつもりはない。本そのものよりも、その本がどのように使われたか、あるいは、現在に至るまでどのような人の手を経てきたかに興味があるだけで、物としての本にそれほど執着があるわけではない。そのため、本の貴重さにかかわらず、持ち主の書入れが多い本の方が見ていて面白いと思うのである。

 

*本コラム掲載の画像は、すべて立正大学図書館の許可を得て掲載している。掲載画像の2次利用は禁止する。


■小此木敏明

略歴
1977年、群馬県に生まれる。
立正大学国文学科卒業。立正大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程単位取得満期退学。
現在、立正大学図書館古書資料館専門員、立正大学非常勤講師。
〔著作・論文〕
『立正大学蔵書の歴史 寄贈本のルーツをたどる 近世駿河から図書館へ』(立正大学情報メディアセンター、2013年)。
「『中山世鑑』における依拠資料―『四書大全』・綱鑑・『太平記』について」(『説話文学研究』47、2012年7月)。
「『大島筆記』所収の琉球和文について―『雨夜物語』における『源氏物語』『伊勢物語』の享受と『永峯和文』の流布」(『立正大学人文科学研究所年報』53、2016年3月)。

■古書資料館とは
立正大学品川キャンパス内に2014年に開館した専門図書館。江戸時代の和古書を中心に約4万5000冊を所蔵し、開架室では利用者が直接棚から取り出し、閲覧することができる。

http://www.ris.ac.jp/library/shinagawa/kosho.html