オールカラーの『源氏物語』―尾州家河内本と池田本―(宮川葉子・日本古典文学)
●尾州家河内本の輪読会
6年かかって全巻読了、近々竟宴を計画している。『尾州家河内本 源氏物語』(八木書店・2010年12月から、隔月、2013年12月まで配本。全10巻。オールカラーの影印複製)をテキストにしてのそれであった。
2010年12月、私は「河内本源氏物語を読む会」というささやかな同好会を立ち上げた。メンバーは本務校の大学院生3人、変体仮名のマスターを目指す同僚1人、エクステンションの受講生3人、私の計8人である。1月に1度、第2土曜日に3時間、大学の施設を利用し(会場は都合で、拙宅が入る共同住宅の集会室に変更)、『尾州家河内本 源氏物語』をひたすら輪読してゆこうという試みであった。
会を発足させた直後の2011年3月11日には、東日本大地震が起こり、余震による公営交通の乱れで集まれないメンバーも出た。しかし怯まず、休まず、淡々と、出席者が1人でも2人でも会は続けた。被災地では、こうした会をやりたくても出来ないのだ、という思いが支えになっていた部分もあった。それでも読了に6年かかったのは、改めて『源氏物語』の壮大さを思う。
メンバーの交替もあった。院生3人は巣立ってゆき、エクステンションからの受講生1人は退会し、代わりに4人の研究者が加わった。うち3人は外国人。1人はオーストラリア人、1人はイギリス人、1人はアメリカ人である。3人共に流ちょうな日本語を操り、『源氏物語』への造詣も深かったから、古筆・古写本・古注釈といった専門的な話題も展開させてゆけるようになった。
●オールカラーの臨場感
いったいに『源氏物語』の写本を読むというのは、古典研究者の多くが一度は通る道筋であろう。ところが影印複製のどれを採っても、それまでは画素の粗い白黒のものばかりであった。時として口絵にカラーが掲載されていることもあったが、大半が鉛色の頁の集成。これでは、翻刻を手がけるには良くても、その写本が背負ってくれている、それ以上の文化的要素への深入りは遠慮されてしまうのである。写本の持つ書写者や校訂者の息吹が伝わって来ないからである。
それが『尾州家河内本 源氏物語』はオールカラーである。例えば書損のためになされた見消ちや摺消ち、朱点による合点や句読点などが、臨場感を伴い向こうから飛び込んで来て、息吹というに相応しい立体感を持ち迫って来るのである。結果おもわず引き込まれ、書写者の呼吸と筆の速度を感じつつ、読み進められるようになる。すると読み解けなかった文字が解決、ああそういう意味ねと、物語の内容まで深くつかみ取れる、などということは、メンバーの誰しもが幾度も体験してきた。
昨今テレビ映像は3Dなどと呼ばれる立体的様相が取り込まれつつあるらしいが、オールカラーで読むということは、被写体を立体的に眺められ、それ故、裏側を想像できるということのようである。
細い文字や描線をめぐり、「この朱線はここへつながっている」「前行のここで目移りし摺消したのだ」「摺消しの下にうっすらと書損の文字が見える」といった、白黒の世界ではほとんど考えられなかったことを互いで議論する、いっそうオールカラーが与えてくれたある種の感動に浸ってゆけるのである。