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出版部

中世の支配者は幕府だけではない!? 中世国家の運営を担う「天皇」と「太政官」(久水俊和)

なぜ「天皇家の作法」が重要なのか

昭和から平成への代替わり時にブームとなった皇位継承研究は、平成から令和への代替わりにおいても再燃している。本書は、単純な皇位継承の現象を追ったものではない。本書には書籍タイトルに「天皇家の作法」という語を用いていることからもわかるように、天皇を輩出する核家族すなわち「天皇家」の公事作法・仏神事・学芸など多岐にわたる「イエ」の作法に注目し、皇統の問題を述べていく。

なぜ、作法が重要なのか。南北朝期まで天皇の位は嫡子相続ではなく、常に複数の天皇候補が存在する。このような天皇候補を輩出できる「イエ」や、「宮家」を含めた姓(かばね)を持たない多系的親族集団を、本書では「王家」という学術用語で表現した。

そのような「王家」の中できらめく「天皇家」として著名なものとしては、鎌倉後期の大覚寺統と持明院統の二つの「天皇家」であろう。北朝を形成する持明院統「天皇家」も、足利尊氏と直義の兄弟争いに端を発する観応の擾乱によって分裂し、後光厳院流「天皇家」と崇光院流「天皇家」に分裂する。それぞれの「天皇家」では公事作法・仏神事・学芸などで、“お家流”の作法を構築していく。本書の第一部では、そんな「天皇家」の「イエ」要素にスポットをあてて論究していく。

現在の「天皇家」への継承面と断続面を明確にすることにも繋がり、令和の代替わりにて注目を浴びるこの時期だからこそ、「天皇家」をみつめ直す学術的意義がある。

平安京大内裏跡の復原

また、近年、積極的に中世京都の復原が試みられている。本書も、「内野」と呼ばれた平安京大内裏跡の中世後期から近世初頭の様相とその機能の可視化を試みている。

先学を鑑みると、この内野への視座が致命的に欠けており、中世内野を復原した諸地図に至っては、空閑地のままである。内野は、中世国家においても外廷機能を保持しており、その機能の様相を明らかにすることにも本書の学術的価値がある。そこで、第二部では中世後期における「太政官」の権限の様相を、主に内野にて発揮された律令制太政官の職能を素材とし、論を展開した。これまで、洛中の里内裏の常設化と官司請負により、内裏(皇居)で発揮される内廷機能と、職掌を世襲することとなった貴族の「イエ」が研究対象となり、官衙に残存した職能についてはあまり触れられてはこなかった。しかし、平安京遷都時は国家の中枢であった大内裏区域には、太政官庁・神祇官といった、律令制太政官の象徴というべき官衙が中世後期においても残存しており、そこで発揮される外廷機能を本書では強調し考察を行った。

その一つを挙げてみる。令和の大嘗祭の時に、大嘗祭に関する過去の事例がしきりに取り上げられたが、古代や近世・近代の事例中心であった。本書では、荒野において概念に支配され様々なフィクションにて挙行された中世大嘗祭の実態を挙げたが、残念ながら令和の大嘗祭の解説等では中世にて一時中断したという歴史的事実を述べるにとどまり、中世の大嘗祭の実態が取り上げられることはなかった。先学ではあまり触れられてこなかった中世的大嘗祭の探求は、現在の大嘗祭を考える上でも学術的意義がある。

最後に、本書は「中世」と銘打つが、中世史研究者のみを対象としたものではない。他時代、他専攻の読者への本書の導入として、コラムを設けているのも特色でもある。決して敷居は高くない。
なお、本書の一端をより知っていただくために、以下サイトより序章、目次、索引をみることができる。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/files/pdf/d9784840622394.pdf

歴史は継承性と断絶性を問う学問である。是非とも中世史以外の方にも手にとって頂きたい。もしも琴線が刺激されたなら、ご購入頂ければ幸いである。


久水俊和(ひさみずとしかず)


1973年北海道生まれ。明治大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。明治大学文学部助手、宮内庁書陵部図書課職員、明治大学文学部兼任講師を経て、現在、明治大学文学部助教。

〔主な著作・学術論文〕
『中世天皇家の作法と律令制の残像』(単著、八木書店、2020年)
『室町期の朝廷公事と公武関係』(単著、岩田書院、2011年)
『室町・戦国 天皇列伝』(共編、戎光祥出版、2020年)
『中世天皇葬礼史』(単著、戎光祥出版、2020年)
「Governmental Office Compound in the Former Imperial Palace Area in Kyoto during the Muromachi Period of Late Medieval Japan」(単著、『Meiji Asian Studies』Vol.1、2019年)
「中世天皇制と仏事・祭祀」(単著、『歴史評論』836、2019年)
「後醍醐天皇と山陵造営」(単著、『季刊考古学』150、2020年)