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出版部

中世の支配者は幕府だけではない!? 中世国家の運営を担う「天皇」と「太政官」(久水俊和)

朝廷と幕府およぼす権限と機能

令和の代替わりにより、再び「天皇制」たる学術的分析概念が脚光を浴びている。戦後長らく、日本中世史のナラティブでは武士による封建国家が天皇を中心とした古代的国家を服従させたという「天皇制」の克服が基調であった。そのため、学術的関心では中世においても保持されていた律令制太政官の職能を見出すまでには及んでいなかった。令和に替わっても、その克服の一環として、足利義満の皇位簒奪論を支持する専門外者の歴史叙述がいまだに目に付くのが現状である。

現在の学界では、中世国家の支配総体は、大きく朝廷(公家)と幕府(武家)によって構成されており、この二つの支配総体によって協力・協調し政務がなされているという学説が優勢になりつつある。本書の基盤的理論もこれに基づく。ただ、これまでの研究においては、具体的に公家側はどのような権限を持ち、どのように機能したのかについては、まだ発展途上といえる。

中世に継承された律令制の「残像」

この度刊行した『中世天皇家の作法と律令制の残像』はこの不足を補うべく中世後期が主な分析対象でありながら、題名にあえて「律令制」という語を用いることにした。古代からの継承性に注目し、中世国政運営の公家側の担当部分は「天皇」の家政機関と「太政官」によってなされていることを認知させることを目的としたためである。よって、「天皇制」という分析概念を極力使用しなかった。本書の行論手法からは、「天皇―太政官」制や「律令制太政官」などの分析概念が妥当である。本書の目的は、中世に継承された律令制の残存職能を広く世に認知させることにあるからである。

また、この中世においても保持されていた律令制太政官の職能を、書籍タイトルにて端的に表現するにあたり、歴史学ではあまり用いられることはないであろう心理学用語「残像(after‐image)」を用いた。それは、如在之儀(在位中に崩御した天皇に対し、生きている建前で生前譲位に仕立てる)による皇位継承や、荒れ地となってしまった大内裏跡(内野)にて、まるで盛時の大内裏が存在するが如く、「天皇」と「太政官」によって朝廷の公務が処理されていたことを強調したいがためである。残像は、近世まで継承され明治近代国家の確立によってようやく終焉を迎える。