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コラム

パソコンで日記を書くために【文学・歴史資料のデジタル加工入門7】 (木越 治)

●日記について

かなり長い間、日記を書いてきた。

小学校の時には絵日記などを書いていたはずだが、絵が苦手だったせいかあまり記憶にない。

もし残っていたらよい記念になるだろうと思うのは、中学一年生の夏休みと冬休みに書いた日記である。クラス担任の理科の先生が出した宿題に「日記を書くこと」があり(たぶん義務ではなく、任意提出だったと思う)、提出すると、先生が読んで、いろいろコメントを付して返してもらえたのである。夏休みの時は、大学ノート1ページに二日分くらいの分量を書いて提出した。毎日のように部活(吹奏楽部で打楽器を担当していた)に行っていたので、そんなことばかり書いていたのだろう。冬休みの時は期間が短かったから、一日1ページ分書くぞ、と宣言し、そのとおりの分量を書いて提出した。二回とも、返されたときに、「木越の日記はとてもおもしろかった」とクラス全員の前で言われて、とてもうれしかったのを覚えている。たぶん文章を書くことはその頃から好きだったのだろう。

何を書いたかは全く忘れているが、冬休みの日記のなかで、ひとつだけ覚えていることがある。紅白歌合戦を兄弟で最後まで見て、年が改まってから、十歳上の長兄が、便所に行ったあと、にやにやしながら「初小便をしてきた」と話していた、ということだ。なぜ覚えているのかと言えば、日記を提出する前に長兄にそこを読まれてしまい、「ここは恥ずかしいから書き直せ」と命じられてケンカになったからである(結局、書き直すようなふりをしてそのまま提出したはずである)。

まあ、おおかたは、そんなたわいもないことをあれこれと書いたものであったにちがいないが、いま残っていたら、それなりになつかしく、また当時の生活の記録としても貴重な内容だったのではないかと思われ、ちょっと惜しい気がする。

高校生や大学生になってからも、ときどき日記めいたものを書くことはあったが、こういう時期のものは、ひとりよがりの感傷的な内容に決まっているから、手元になくても中一の日記ほどは惜しいという気にはならない。

いま残っている日記は、四十代の初め頃からずっと記録及び備忘録として書いてきたものである。市販の三年間対照当用日記を使って書いており、あわせると7~8冊くらいになる。あまりよけいなことは書かず、その日の出来事だけを簡単に記録しておくようにしているが(それが長続きさせるコツで、よけいな感想などはできるだ書かない方がいい)、その記事があるおかげで、当時の出来事を思い出す上でとてもよい手がかりになる。

●PCで日記を書き始める

その三年当用日記が2015年末でちょうど終ったとき、新しいのを買おうかどうしようか考えた末に、PCで書くことに決めた。考えてみると、なぜそれ以前にPCで書こうとしなかったのか、自分でも不思議なのだが……。

それはともかく、使い勝手のよさそうな日記ソフトをいろいろ探し、これと思うものを選んで使い始めた。しかし、このごろのPCやスマートフォンと同じで、日記ソフトの大半は自分の使わない余分な機能(その多くは画像関係)ばかり多く、ソフトの立ち上げにも時間がかかるので、半年ほど使ったところで、日記本文のバックアップデータだけを残して、使うのをやめた。

そのあとしばらく使用したフリーウェアの日記ソフトも、ATOKとの相性が悪いのか日本語の入力と変換がスムースでないという致命的な欠点があったため、やはり数ヶ月で使うのをやめてしまった(これらに関しては、私の責任でもあるので、ソフトの名前は出さないでおく)。その後一太郎のテンプレート類も調べてみたのだがあまりいいのは見つからなかった。