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日本古書通信

「日本古書通信」8月号(88巻8号)8月14日発売

主要目次

川島幸希 「署名本の世界みたび」2 芥川龍之介『煙草と悪魔』久米正雄宛
塩村耕 旗本中野又兵衛の人間味ある日記
茅原健 雑誌『洪水以後』時代の荻原井泉水(上)
牧村健一郎 山尾庸三と明治2 萩から江戸へ
杜の都の古本屋いまむかし―昭文堂書店・斎藤鄭さんに聞く
土方正志 杜の都で本まみれ
三昧堂 昭和14年の『改造』を読む(中)
高木浩明 古活字探偵事件帖8 同版、別版、それとも……
田坂憲二 吉井勇の読書生活8無頼派を読む
真田幸治 小村雪岱装幀本雑記9遅塚麗水『東京大観』
小山力也 リレー連載「ミステリ懐旧三面鏡」23《不思議な作家旧蔵書》
石川 透 奈良絵本・絵巻の研究と収集47 徒然草 白描本
岡崎武志 昨日も今日も古本さんぽ154 仙台市「阿武隈書房」「火星の庭」
森  登 銅・石版画万華鏡191 牧野の石版画

その他

旗本中野又兵衛の人間味ある日記(塩村耕)より

畏るべき書き手が出現した。江戸時代の古書の世界の話である。
「日本の古本屋」で与風(ふと)見つけ、名古屋の伊東古本店から二万五千円で入手した写本半紙本一冊。届いた本を読み始めると、これが頗る面白い。すぐさま注を施しつつ翻字を進めたが、全部を読み終える頃に至ると、筆者との別れがつくづく淋しく思われたほどだった。
序跋の類はなく、巻末に別筆の識語が「父君御勘定吟味役御勤之節、天保十二己丑年、日光御宮、其外諸堂社御修復御用被為蒙仰、御発足より御在勤中之御日記、嘉永六癸丑年八月見出之、綴置也。/中野惟長」とある。内題はなく、後筆の書外題に「日光御在勤中御日記」とあり、これは嘉永六年に本書を見出して製本を加えた息子による命名で、父への敬語を含んでいるから「日光在勤中日記」とでもあるべきものだろう。
天保十二年三月二十三日より五月二十四日まで二ヶ月分、日光山諸堂社修復の公用で日光に出かけた幕臣による出張中の自筆日記である。著者の名はどこにも記されていないものの、右の識語から直ぐに判明する。『徳川実紀』を繰ると、天保十一年十月二十日条に「勘定吟味役中野又兵衛、日光山霊廟その他諸堂社修復の事命ぜらる」とある。筆者は幕臣の中野又兵衛長風で、御目見え以下の身分から出世して旗本となり、当時は御勘定吟味役の重職に就いていた。時に六十二歳。
出立の日の三月二十三日の記事からして面白い。冒頭部「東叡山脇、五条天神ニ而建。其辺ニ杉浦おたみ見物いたし居ル。仲町小吉も同様也」とある。上野黒門前、幕府連歌師の瀬川家屋敷にあった五条天神の前で駕籠をとめると、二人の人物が見送りに来ていた。小吉は門前仲町の馴染みの芸者だろう。杉浦おたみというのもあやしい。筆者は粋人らしい。


8月号 8月14日発売 定価750円(送料79円) ※ご注文はメールまたは電話、FAXで。

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