丸善・雄松堂統合記念フォーラム「大学図書館の現実的な未来像」【日本古書通信 編集長だより1】
去る10月27日、洋古書店雄松堂書店の新田満夫氏が82歳で亡くなられた。先代創業の古書店を世界を相手とする洋古書専門店に育て、また内外資料の複製やデジタル化などの出版事業も旺盛に展開されたヴァイタリティ―溢れた懸命の生涯であった。ただ、書物をめぐる環境の変化と将来を見据えて雄松堂と丸善との統合も取り決められたばかりであった。その新田氏が生前に開催を熱望していたのが、丸善・雄松堂統合記念フォーラム2015「大学図書館の現実的な未来像―東京大学新図書館構想などをめぐって」である。横浜パシフィコで開催される第17回図書館総合展のワンセクションとして計画されたもので、11月11日が開催日、私も参加した。出展各企業のブーススペースの奥に設けられた特設会場には500人ほどの大学図書館や出版関係者がつめかけていた。事前の予約が必要であったことからも関心の高さが感じられた。
東京大学総合図書館は平成31年末の完成を目指して新図書館の建設を進めている。現在の本館の改修と、地下に自動化書庫の新館を建設する一方で、学内32の部局に別れて把握の難しい学術資産を有効に利用できる環境構築を目指している。コンセプトは「人と情報」「人と人」「情報と情報」をつなぐ図書館ということだろうか。今回出席のパネリストは堀浩一東京大学付属図書館副館長、尾城孝一同館事務部長、逸村裕筑波大学大学院図書館情報メディア研究科図書館情報メディア専攻長の三人と、土屋俊大学評価・学位授与機構教授が司会を担当された。
一時間半のパネルディスカッションは活発で、新東大図書館建設の担当者がどんなことを考えているのか分かり興味深くはあったが、斬新な図書館の未来像については聞けなかった、いずれも想定内の考えであるように私には思えた。紙とデジタルの有機的結合を目指すハイブリット図書館、あるいは学生と学内外の研究者との創造的な交流を図るライブラリープラザの設置、出版文化を支える機能といっても、なかなか具体的なイメージはわかないし、確実に理想を実現する行程が示されたわけでもない。理想そのものが良くは分からない。ただ、司会の土屋氏が1990年代の大学図書館は疲弊していたと言われたが、今回の構想では、有志による部局をまたいだ課題検討グループが短期目標を設定しつつ長期にわたって、図書館として何をやりたいか何が出来るかを問いつつ新たな図書館を模索していくという姿勢は主体的で誠に結構だと思う。
新館の自動化書庫には300万冊の蔵書が保管されてOPACと対応、要請があれば5分ほどで出納可能とし、勿論蔵書のデジタルアーカイブ化をすすめて東大版ヨーロピアナを目指すという。文系資料への関心も高く、32の部局にわかれているため、学術資産の管理が難しく大切な資料が機械的に廃棄されているケースが多いことに危機感を抱いているというのも結構なことだと思う。WebCat PlusやCiNiiを運営する国立情報学研究所との関係はどうなるのか全く触れられなかったが、デジタルアーカイブを推進するならば、緊密な大学図書館や国立国会図書館などとの協力体制が前提になると思うし、情報研の存在は大きいと思う。情報研は、文科省直轄の全国の大学の共同研究機関である以上無関係ではないはずだが、図書館の将来像を長期にわたって構築しようとするなら、理想や情報を共有する人的な関係は無視できない。担当者が変わることによって生じる問題もあろう。日本全体がその傾向にあると思うが、システムの確立が何よりも重視されることには、古いかもしれないが不安を感じる。
ハンガリー語・文学研究の徳永康元さんが東大図書館におられたころは、後に研究者として名を残すような方々が図書館に大勢いて、一冊の本の蔵書カードを作成するため喧々諤々の論議をして一日が過ぎたという伝説があるし、蔵書の隅から隅まで熟知した図書館の主がどこにも居て、聞けばたちどころに利用者の要望に応えたというような、図書館もそんな長閑な時代ではないが、どんな形にせよ蔵書があって(あるいは構築して)それを有効活用できるような機能的知的環境をまず作り出すことがどんな時代にあっても変わらない図書館の使命ではないだろうか。指定管理者制度に傾く図書館界にあって、図書館人養成の視点も全体的な構想に盛り込んで頂ければと思う。
(樽見 博)
「日本古書通信」2016年1月号掲載
URL http://www.kosho.co.jp/kotsu/