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出版部

やさしい茶の歴史(三)(橋本素子)

『江家次第』に見る「季御読経」の茶

今回は、平安時代、宮中における仏教行事である「季御読経(きのみどきょう)」において、引き茶として振る舞われた茶が、どのようにして飲まれていたのかを見ていく。

なお、儀礼は毎回判で押したように同じことを繰り返すとは限らない。むしろ、その時その時の事情で変わるものと捉えた方がよい。

そこで、今回はふたつの史料を見ていきたい。

まずは、大江匡房(おおえのまさふさ)が書いた有職故実書『江家次第』二月「季御読経の事」である。そこには、宮中の南殿(紫宸殿)で天喜4年(1056)に行われたときの事例が書かれている。すなわち、

三ケ日毎夕座、侍臣が煎茶を衆僧に施し、それに甘葛煎を加える。また厚朴や生薑などを、要に随い施す。紫宸殿に蔵人所の雑色などが参上し、この茶を施す。

とある。季御読経に参加した衆僧にふるまわれた引き茶は、煎茶=煮出した茶に、甘葛煎=甘葛を煮だした甘味料を加え、さらにはお好み次第で厚朴(こうぼく)や生薑(しょうきょう=生姜)を加えて飲むものであった。

前回『親信卿記』に見た甘葛煎や生薑は、このようにして使われたのである。

なお厚朴は、朴の木の樹皮を乾燥させたもので、今日でも漢方薬局で扱われる生薬である。健胃、鎮痛、鎮痙などに効果があるという。筆者も一度口にしたことがあるが、舌に軽くピリピリと来る刺激があった。随ってその時も、茶にはごく少量混ぜるにとどめた。

ところで最近は、紅茶だけではなく日本茶でも、香りを着ける、あるいはハーブ等を混ぜた茶が人気となっている。これは、ストレス社会に生きる現代人が、香りのある茶に癒しを求める傾向があり、それを反映したもの、とも言われている。たとえば「はちみつ生姜ほうじ茶」が、「新しいお茶の飲み方」として紹介され、販売されたりもしている。しかし何のことはない、同様の茶は、平安時代から飲まれていたのである。

『雲図抄』に見る季御読経の茶

次に、平安時代後期成立で、清涼殿で行われた儀礼の配置図と解説からなる『雲図抄』に見る「季御読経」の「引き茶」について見ていこう。

まず「季御読経」の項では、机等道具の配置や、僧綱座・威儀座・衆僧座等の僧侶の座所、儀礼担当役人の動線が記されている配置図が目を引く。そこからは、直接引き茶の情報を得ることはできない。しかしその配置図の下に書かれた解説文には、

季御読経 御直衣。或は三月これを行う。近代秋冬に及ぶ。但し春季に引き茶があるという。秋季これに同じ。

とある。季御読経も、2月ではなく3月に行われる場合、秋ではなく冬に行う場合などがあるようであるが、引き続き引き茶が行われていることが確認できよう。しかし、これに続く箇所を見ると、

第二日
引き茶。番論議、秋は無いということである。

とあるように、『江家次第』では三ケ日毎夕座行われていたはずの引き茶が、『雲図抄』では2日目だけに縮小されているのである。

さらに裏書には詳細な説明があり、これをまとめると次のようになろう。

引き茶の事
第二日。昔は第三日に行うこともあった。
朝夕両座が終わってから、茶が出される。四位一人、五位一人、六位(史料では最初「蔵人」とあるが、後を読むと六位のことを指している)三人が担当する。
四位は、灑水(しゃすい)を持つ。灑水は乳埦に盛り、散杖(さんじょう)を副えない。折敷(おしき)にも載せない。
五位は、笏を持たず、陪膳(ばいぜん=給仕)をする。
六位三人のうち、最前の人は、土器(かわらけ)20口を折敷に載せて持つ。次の人は茶を持つ。最近は次の人が甘葛煎を持つ。以上を土器に入れる。

ここで引き茶の給仕やその補助を担当するのは、蔵人所である。蔵人所には、別当・頭・五位蔵人・六位蔵人・非蔵人・雑色・所衆・出納・小舎人・滝口・鷹飼等の職員が置かれた。

うち、四位(蔵人頭に相当すると見られる)が浄水をそそいで道場や供具などを浄める灑水(洒水)の担当で、五位蔵人が茶と甘葛煎の給仕の担当、六位蔵人三人は引き茶の道具を持つことを担当した。

その六位蔵人三人の内、最初の者は茶器である土器(素焼きの器)を折敷に載せて持つ。二番目の者は茶を持つが、『雲図抄』が書かれた平安後期には、二番目の者が甘葛煎を持ち、三番目の者が茶を持つようになったという。

さらに読み進めると、役人の動線と役割について書いてある。まず五人は殿上の間の上戸(かみのと)に控えている。そこから最初に四位の者が額間(がくのま)―上長押へと出て行き僧綱座に灑水、ついで孫庇(まごびさし)に退き衆僧に灑水を行う。この後、五位の者がこれに続いて同じ動線をたどり、さらに六位の者三人が器や茶などを持ってこれに続く。そして、

先ず甘葛煎、次いで茶、各々これを飲む。五位これを盛り僧に授ける。

とある。すなわち僧侶は、五位蔵人によって注がれた甘葛煎を飲み、次に同じく五位蔵人に注がれた茶を飲んだ、と読める。『江家次第』では、茶に甘葛煎や厚朴や生薑を入れて飲んだが、『雲図抄』では、甘葛煎と茶は別々に飲んだということになる。こんどはハーブティというよりは、茶と湯(蜜湯)を出してもてなす「茶湯(ちゃとう)」の飲み方である。

なお、『雲図抄』裏書には、南殿=紫宸殿で行う場合も記され、その場には蔵人所雑色等が担当するとある。これは『江家次第』の内容と一致する。

茶の技術を持つ下級官人

ここで思い出していただきたいのが、大内裏茶園と見られる茶園の茶摘みや製茶の際に、蔵人所雑色が造茶師をつとめたように、蔵人所が中心となってこれを行っていたことである。これに薬殿や校書殿の下級官人も加わって製茶が行われていた。

そして今回見てきたように、季御読経を紫宸殿で行う場合には蔵人所雑色が、清涼殿の場合には五位・六位の蔵人が、「引き茶」の給仕やその補佐を担当していた。

以上のように、平安時代の朝廷において、茶に関する技術――茶の栽培、製茶、茶の淹れ方(この場合には煮出し方)、給仕の作法等は、おおむね下級官人が担当しこれを保持していたのである。


今回の八木書店の本
『尊経閣善本影印集成12 江次第』(江家次第)
『尊経閣善本影印集成48 雲図鈔』
『雲図抄』(『群書類従 第六輯 律令部 公事部』巻第八十二)
  

 


 

橋本素子(はしもともとこ)
1965年岩手県生まれ。神奈川県出身
奈良女子大学大学院文学研究科修了
元(公社)京都府茶業会議所学識経験理事
現在、京都芸術大学非常勤講師

〔主要著書・論文〕
『中世の喫茶文化―儀礼の茶から「茶の湯」へ―』(吉川弘文館、2018年)
『日本茶の歴史』(淡交社 2016年)
『講座日本茶の湯全史 第一巻中世』(茶の湯文化学会編、思文閣出版、共著、2013年)
「宇治茶の伝説と史実」(第18回櫻井徳太郎賞受賞論文・作文集『歴史民俗研究』、板橋区教育委員会、2020年)
「中世後期「御成」における喫茶文化の受容について」(『茶の湯文化学』26、2016年)