• twitter
  • facebook
出版部

古代中世の老後・死後と財産相続(同志社大学嘱託講師 岩田真由子)

老いた親を介護するのはだれか

「老い」は誰もが避けて通れない。老いた時、誰がその生活を支えるのか。

現在、日本における老人介護は、国家による介護保険制度が整えられており、家族に任せきりにするのではなく、第三者によるサポートシステムが導入されている。

ひるがえって古代ではどうだったのだろうか。国家はほぼ何もしてくれなかった。古代の法の養老律令には、80歳以上の者には世話係として「侍(じ)」を支給するということが規定されている。「侍」は基本的に子孫の男子がなり、その者は労働を提供する徭役が免除された。これがほぼ唯一国家による老人福祉の制度といえよう。現存する奈良時代の史料から、この制度が実施されていたことが判明する。だが、80歳になるまで国家による福祉制度の恩恵に与れないのは、なかなかハードルが高い。

では80歳に満たない老人の世話は誰がしていたのだろうか。当然、家族である。現在は、財産相続上ではなんの特権も有しないけれども、明治22年(1889年)公布の民法に定められた家制度の名残で、長男が老親の世話をするものだという考えがなんとなく残っている。だが、古代ではこのような考えはなかった。男子が世話をしている事例が多いが、親の扶養や介護は家族の状況に応じて、男女を問わず担える子が行っている様子が史料からうかがえる。

 

財産譲与と引き換えの死後の追善

11世紀末にもなると、人々は老後の世話だけでなく、自分が死んだ後の追善を強く望むようになる。これは子供がいない人たちが養子に対して与えた財産譲渡の証文「譲状(ゆずりじょう)」に記された文言から判明する。

当時は生前譲与が行われていたが、財産譲与と引き換えに自身の生前没後の孝養を養子に求める人々が現れる。自身の死後、長期的な追善(忌日供養)を確実に実行してもらうために、積極的に財産を託す時代へと大きく変化するのである。これを実の親子に置き換えると、追善は追慕の情から亡親に対して子が行うものであったが、親が自身の死後に子に強く求めるものに変化したといえる。

子供に世話をしてもらい、穏やかな老後を過ごしたい。現在でもこのようなことを考える人は多いかもしれない。しかし、死後に忌日供養を毎年行ってほしいと切に願う人がどれだけいるだろうか。我々がそう思わないのは、当時の人々と私達とでは死後に対する観念や宗教的意識が異なるからである。

 

相続をめぐるトラブル

この親の願いは果たして実行されるのだろうか。先述したように、古代から中世にかけては生前譲与が行われていた。しかし、場合によっては、財産を譲られた後、子供達が親をないがしろにしたり、言うことをきかなかったりという事態が発生する。現代でもありそうな相続をめぐるトラブルである。現代なら、「あんな親不孝者には財産をやらなければよかった」と悔やんでも後の祭りである。

だが、12世紀初めには親が一度子供に譲った財産を取り返して別の子供に譲り直すという「悔返(くいかえし)」が行われるようになる。親不孝が原因の場合が多かったようである。悔返は親の子に対する教令権を強化し、子供が好き放題することを抑止する役割を担ったであろう。父親が娘に与えた所領を取り返して別の娘に与え、さらにまたそれを取り返して息子に与えたという事例がある。一体どのようなすさんだ親子関係だったのかと思ってしまうが、子供達はたまらない。

しかしながら、親の教令権は長くは続かない。親が死んだ途端に、最初に財産を譲られた子と後から譲り直された子との間で、相続をめぐる争いが勃発することになる。

 

話がそれたが、この親の教令権の強化は、13世紀半ばには、言葉だけみるとおどろおどろしいイメージを抱きそうな「死骸敵対」という観念を生み出すこととなる。これまで述べてきた老人介護の実態、財産相続の背景にある宗教的意識、「死骸敵対」の発生とその要因等、詳しくは自著『日本古代の親子関係―孝養・相続・追善―』で論じているので、是非ご覧いただきたい。

なお、下記URLから本書の目次・索引が閲覧できる。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/files/pdf/d9784840622356.pdf


岩田真由子(いわたまゆこ)
1973 年 香川県生まれ
1995 年 同志社大学文学部文化学科卒業
2002 年 同志社大学大学院文学研究科博士課程前期修了
2008 年 同志社大学大学院文学研究科博士課程後期退学
2010 年 博士(文化史学)(同志社大学)
現在 同志社大学嘱託講師,大阪成蹊大学・京都芸術大学非常勤講師

〔主要著作〕
『日本古代の親子関係-孝養・相続・追善-』(八木書店、2020年)
「古代における内親王の恋と結婚―皇孫の血の世俗化―」(『日本歴史』860号、2020 年)
『はじめて学ぶ芸術の教科書―史料の森を歩く―』(共編著)(京都芸術大学・東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020 年)など。