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奈良絵本私考(反町茂雄)

奈良絵本とは? 【反町茂雄「奈良絵本私考」6】

奈良絵の、又は奈良絵を挿入した本と規定してよいでしょう。本とは書籍・書物の意味で、冊子と、冊子の古い形態である巻物と、両方を包含しております。奈良絵本を冊子にのみ限定しようとする論は、本(即ち書物)は、冊子・巻子を包含した汎称であることの否定に通じ易く、いささか無理の様に感じられます。或は中世小説にのみ、奈良絵本の名称を認めようとするのも、狭きに失しましょう。元来名称自身が漠然たる起因のものですから、ある程度漠然たる内容になるのは、やむを得ないのではないでしょうか。おおらかな規定でよいのではないでしょうか。

ここでは、現在一応奈良絵と認められている冊子及び絵巻の類について、その特徴と見られる様な点を列挙して見ることから始めましょう。

1)色彩

原色を主とした濃彩。大部分は泥絵具であります。前期においては、特に丹・青・緑の3色が主、後期には色彩の数を増し、多彩絢燗のものが多い。

2)金銀

金銀の泥を混用し、時には大小の金箔を切り貼りしたものも見られます。

3)画面

画面の大部分が濃淡の色彩で充填されていること。及び天地に霞又は雲形を引いた物が多く、霞の色は、前期には青又は青と白とのが多く、後期には金粉を散らし、金泥を引いたのが多数になります。前期には、時に、霞のないもの、或は方霞(天か地かいずれかの)のものも見受けられますが、後期にはこの例外は少ない。

4)料紙

料紙は厚めの鳥の子質のものか、又は泥入りの間似合紙が大部分。前期には鳥の子質が比較的多く、後期には、上手のものは鳥の子、並手・下手のものには間似合紙が多く見られます。

5)画風

画風はデジェネレー卜した土佐派に若干狩野派を加味した風ので、多く光信の後塵を拝するものと云ってよいのでしょう。デジェネレートという語の響きが強すぎるなら、「時勢相応に変化した」と云いかえた方がよいかも知れません。典雅優美を旨とするものから、通俗あるいは民俗的のものに代わりました。背景などに狩野派の影響の若干見えるものもある様です。

6)描写

描写は、前期においては古拙又は朴実な味。一種の類型はありますが、それは時代の風であって、意識した類型は少なく、一つひとつに何ほどかの個性が窺われます。後期には古朴の味は失せて繊巧が加わり、商品的・意識的な類型化が目立ちます。構図は通じて簡略、後期末には粗略に堕したものも少なくありません。

7)装釘

装釘は巻子装と冊子が、総体としてほぼ相半ばして、後者にやや重味がかかりましょうか。前期においては、巻子装がやや多いでしょうか。後期には、その中期寛文前後には巻子のものが目立ち、寛永・正保頃、及び天和から元禄中は冊子のものが多い様に思います。

8)表紙

表紙は、前期には多く雲紙、金泥文様の紺紙の場合も、文様は概して簡素。金襴の類は少なく、あっても地味であります。後期は華麗な金泥模様の紺紙、及び豪華な金襴緞子のものが多く、その反面、末期元禄頃のものは、仕入品の粗末な紺紙を用いたのが少なくない。これらは商品化、量産主義の進行を示すものなのでしょう。本文の下絵は寛永・寛文期のものに多い。

9)奥書

奥書に筆者・年代等を明示したものが極く少ないこと。従って画家名が不明であること。これについては次ぎに細説致しますので、ここでは項目としてあげるに止めましょう。

 

以上の様な点が、今日奈良絵本として一般に通用しているものの公約数的な特徴であろうと存じます。どれらの条件の大部分を満たすものを、奈良絵本と認定してよいと愚考しております。9つの項目の内には、自ずから軽重の別があり、1・5などは基本的な要件で、淡彩のもの、また、雪舟派・狩野派の絵などのものは除外さるべきでしょう。6もこれに次ぐ要素と思われます。その他の件については、その1、2を欠いても支障はないと見るべきではないでしょうか。

 

この外に製作年代として、上は足利中期、下は下っても享保(1716-1736)末年頃まで、と限定するのも一案かも知れませんが、現実の問題としては、強く限定する必要はないと考えます。(つづく)


■著者:反町茂雄(1901-1991)

古書籍商 弘文荘(古書肆)店主。新潟県長岡市生まれ。東京帝国大学卒業。昭和2年、26歳で神田神保町の古書店一誠堂に勤務。昭和7年独立して古書肆弘文荘を創業し、多くの善本・稀書を蔵する天理図書館の蒐書事業に関わる。著書に『定本 天理図書館の善本稀書 一古書肆の思い出』(八木書店、1982年)、『蒐書家・業界・業界人』(八木書店、1984年)、『日本の古典籍 その面白さ、その尊さ』(八木書店、1984年)、『紙魚の昔がたり 昭和篇』(編著、八木書店、1987年)、『紙魚の昔がたり 明治大正篇』(編著、八木書店、1990年)、『一古書肆の思い出』(全5巻、平凡社、1986-92年)など。反町茂雄が作成した古書の販売目録『弘文荘待賈古書目』貴重書の内容・価格がわかる貴重な書誌学の資料。ジャパンナレッジLib『Web版 弘文荘待賈古書目』で配信中。


■本コラムの初出は、反町茂雄著『本の古典籍 その面白さ その尊さ』(1984年、八木書店)です。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2059

「奈良絵本私考」をのせる反町茂雄『日本の古典籍』


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<会期>2019年1月10日(木)~1月26日(土)
<展示会開催時間>10時~入場17時まで
<定休日>日曜・祝日※1/20(日)は臨時開催します(19時まで)
※入場無料です。
<場所>八木書店 古書部3階
住所:東京都千代田区神田神保町1-1階