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奈良絵本私考(反町茂雄)

京と堺でも 【反町茂雄「奈良絵本私考」3】

京都は8世紀末以来、当時までに700年近く文化の中心地でした。文学・美術。工芸に関するすべての文化財の、殆ど唯一と云ってもよい生産拠点であります。文字を書き絵を描く画家・工人は多く、巻物に或は冊子に装潢する経師も多い。全国の需要も、ここに向けられることは自然でしょう。

戦乱の時代においても、ここと全国各地の交通は相当にひんぱんであった証跡は多く、物資の集散の最も盛んな所の一でした。高価な絵入本も売れる所です。その上に応仁(1467-1469)以後は、町の大部分が焼かれた事実もありません。

足利末期・戦国時代には、ここで奈良絵本の様な書物が相当多く生産されたであろうことは、想像に難くありません。奈良絵本の生産について、京都を除外することは許されないでしょう。

堺の町の史上に現われるのは、平安中期以後ですが、都市あるいは港湾として重要な地歩を占め始めるのは、南北朝時代からと見られます。

足利末期・戦国時代には、全国で最も豊かで繁華な場所でした。同時に戦争の少ない、平和な街として、キリシタンの宣教師にさえ称賛されております。都に最も近い要港として、盛んに海外と貿易する一方、当時内国交通の銀座通りともいうべき瀬戸内の咽喉を占める商業地でした。

既に正平年間(1346-1370)に、いわゆる正平版論語を刊行していますが、享禄・天文(1528-1555)から天正(1573-1592)頃、即ちここに所謂奈良絵本前期においては、大永8年(1528)に医書大全を板行し、つづいて享禄元年(1528)に韻鏡、同4年(1531)皇年代記、天文2年(1533)論語、永禄7年(1564)には重ねて韻鏡とつづき、天正2年(1574)・天正18年(1590)に、千字文・節用集を出版しております。この頃では、京都を凌駕するほど、日本一の書物の生産地であります。

和歌・連歌においては、宗祇から牡丹花肖柏を通じて、宗椿以下その門流は栄えて、堺伝授の伝統を持ち、絵画では、雪舟の弟子等楊、曾我直庵・土佐光吉があり、芸能では小歌の隆達が出、医術では竹田・半井の二名家が名高い。茶道の紹鴎・宗及・宗久から、利休に至っては天下無双で、堺の名を今に大きく伝えています。

表具では、堺の名匠として当時名高い奈良屋西順も、恐らく奈良からここへ下ったものでしょう。この地へ、土佐の一流が、戦乱の京都を避けて下向して来ました。中心人物は土佐光吉、従五位下左近将監・絵所預でした。

光吉は土佐派の中興光信の孫。宗家は兄光元が継ぎましたが、光元は永禄12年(1569)に、京都の兵乱の内に戦死したので、統を承ける形になりました。豊かで平和な堺に下った年は、明確にはわかりませんが、恐らく兄光元の戦死後、永禄末か元亀・天正の初め頃と想像されます。

古画備考には「領地悉亡」びて堺に下り、ここに住して「業画」と記してあります。そのままにここに居ついて、慶長18年(1613)に没し、子の光則は引続いて堺に在り、門流と共に絵をひさいで生計としましたが、寛永に入って、京都の復興・安定を見定めるや、その11年(1634)に上京しました。子に秀才あり。祖光信の風を承けて画技をよくし、ついに承応3年(1654)に再び宮廷絵所預の官位を獲得し、土佐派を再興したのが光起。

 

この間約70年、衰弱した一門は堺に在りました。時あたかも奈良絵本の前期から、後期にまたがります。以上の状況は、堺が奈良絵本の相当な生産地だったと想定する根拠となりましょう。奈良絵本の様に、確実な史料の極めて乏しいものについては、広い視野に立った推定、或は四囲の状況判断は止むを得ぬ措置でありましょう。

モー一度古画備考を引きますと、光吉・光則の画風については「筆法専守規矩、優柔也」と批評し、またその技能と生活については「……光茂以後、画も下手、家も貧亡になりて、有にもなきごとく成候」と記しているのが、以上の判断を裏付けます。(つづく)


■著者:反町茂雄(1901-1991)

古書籍商 弘文荘(古書肆)店主。新潟県長岡市生まれ。東京帝国大学卒業。昭和2年、26歳で神田神保町の古書店一誠堂に勤務。昭和7年独立して古書肆弘文荘を創業し、多くの善本・稀書を蔵する天理図書館の蒐書事業に関わる。著書に『定本 天理図書館の善本稀書 一古書肆の思い出』(八木書店、1982年)、『蒐書家・業界・業界人』(八木書店、1984年)、『日本の古典籍 その面白さ、その尊さ』(八木書店、1984年)、『紙魚の昔がたり 昭和篇』(編著、八木書店、1987年)、『紙魚の昔がたり 明治大正篇』(編著、八木書店、1990年)、『一古書肆の思い出』(全5巻、平凡社、1986-92年)など。反町茂雄が作成した古書の販売目録『弘文荘待賈古書目』貴重書の内容・価格がわかる貴重な書誌学の資料。ジャパンナレッジLib『Web版 弘文荘待賈古書目』で配信中。


■本コラムの初出は、反町茂雄著『本の古典籍 その面白さ その尊さ』(1984年、八木書店)です。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2059

「奈良絵本私考」をのせる反町茂雄『日本の古典籍』


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【展示会】奈良絵本を見る!

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<会期>2019年1月10日(木)~1月26日(土)
<展示会開催時間>10時~入場17時まで
<定休日>日曜・祝日※1/20(日)は臨時開催します(19時まで)
※入場無料です。
<場所>八木書店 古書部3階
住所:東京都千代田区神田神保町1-1階