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奈良絵本私考(反町茂雄)

奈良絵本のうまれたところ 【反町茂雄「奈良絵本私考」2】

奈良絵本は文正(1466-1467)・大永(1521-1528)・天文(1532-1555)のころから、少しずつ段々に製作されたのだろうと考えますが、製作された土地は、奈良・京都・堺の三市及びその周辺であったと信じております。

江戸・大坂は、この時代には未だ興りません。鎌倉・山口は既に衰微しております。博多は主として朝鮮・中国、及び南方諸国の一部との通商によって、商港として、以前からかなり繁昌しておりますが、文化的な伝統に乏しく、文学にも美術にも由縁は微かです。長崎の開港は慶長以後になります。それこれで、絵と文字とが華美に結びついた奈良絵本の産地としては、上記の三都市以外には、この頃には考えられません。

奈良絵については、寛永初年(1624)を境として、前後の2期に分けて考えることが必要で、さもないと考察が混乱し勝ちであります。前期は主として注文生産の時代、後期は商品生産の時代と規定すべきでしょう。注文生産時代においては、主要な生産地は京都及び堺、奈良は従属的であったと考えられます。商品生産時代に入ると、京都が圧倒的に優位に立ち、奈良は微々たるもの、堺は時勢の急変による社会的・経済的の原因によって、漸衰したものと、そんな風に考えております。

奈良の文化は、幕末までの1100年間、8世紀の7、80年間を除けば、大体において、恒に興福寺(及びその半面として春日社)を主とし、東大寺を従とした仏教文化であります。その盛期は平安朝中期以後から南北朝時代までで、足利初期の応永(1394-1428)の頃から、大和国の在郷武家の勢力の勃興に伴って、下降に向かいます。でも、応仁の乱の終った文明・長享(1469-1489)の頃までは、まだ良かったのでありますが、明応(1492-1501)以後は急激に衰退します。

嘗ては和州一円を支配した興福寺は、北部は筒井氏、南部は越智氏の、対立する二巨頭の武力に圧せられます。在地の諸豪族は、筒・越二家に加担、又は分属して、一国中で際限もない小戦闘をくり返しました。少し後には、中央の権力者たる細川氏と、隣国河内の守護畠山氏との対抗が筒井氏を巻き込んで、細川の兵が奈良に乱入し劫掠する。天文初年(1532)には、細川と結んだ本願寺一揆が侵寇して、興福寺及び諸寺院を掠奪して焼き払う。

さらに永禄2年(1559)には、三好三人衆と戦った松永久秀の兵が、東大寺に火をかけて、大仏殿さえ焼亡しました。寺社領は国内の悪党に蚕食され、全国に拡がった荘園は現地の大名・小名に殆どみな押領されています。永禄(1558-1570)・天正(1573-1592)の間の奈良では、両大寺は正に衰亡にひんしていました。文化財を多く生産する余裕は殆どありません。参拝すべき大きな対象はなく、訪れる信者の数もまばらだったでしょう。

奈良で、奈良絵が製作されたという、文献的な、或は遺物・遺跡的な証拠は全くありません。わずかに「絵屋橋」という橋の名が残っており、絵屋があり、絵師がいたらしいと想像せしめるのみであります。

奈良絵本なる名称は春日版の名と共に、明治中期頃に、恐らく一部の好事家の間で発生したもので、2つとも、かなりゆるやかな汎称と解すべきでありましょう。それにしても、春日版の方は、わずか4、5点のみですが、「為春日四所之神恩」とか、「春日霊威光」云々とかの字句を刊記に留めて、名称の由来を証する古版本が残存しますが、奈良絵については、その様なものは皆無であります。

今日流布の多い、ある有名な辞書の中に「奈良絵」の項目が見られ、そこには「奈良の東大寺・興福寺などの絵仏師が、注文や売品として大量に描いた絵画」としてあります。これは再考の余地があるのではないでしょうか。少なくも産地を「奈良」と限定することは、遥かに後世に偶発した奈良絵なる名称を、直ちに奈良の地に結びつけた早断かと思われます。

東大寺・興福寺など、特定の寺院の名をあげることも、確かな根拠はない様であります。寺院付属の絵仏師は、生活のために奈良絵本をつくったかも知れませんが、その頃としては相当高価な絵本を、荒廃した奈良の市中で買う人があったでしょうか。戦乱の中を、他郷から来訪して購求する好事家も、もしあったとしましても、ごくごく少数だったでしょう。他国へ持ち出して売る便宜の存在を想像することは困難です。「売品として大量に」などとは、後期に入ってからの京都についてのみ、ある程度云えることではないでしようか。(つづく)


■著者:反町茂雄(1901-1991)

古書籍商 弘文荘(古書肆)店主。新潟県長岡市生まれ。東京帝国大学卒業。昭和2年、26歳で神田神保町の古書店一誠堂に勤務。昭和7年独立して古書肆弘文荘を創業し、多くの善本・稀書を蔵する天理図書館の蒐書事業に関わる。著書に『定本 天理図書館の善本稀書 一古書肆の思い出』(八木書店、1982年)、『蒐書家・業界・業界人』(八木書店、1984年)、『日本の古典籍 その面白さ、その尊さ』(八木書店、1984年)、『紙魚の昔がたり 昭和篇』(編著、八木書店、1987年)、『紙魚の昔がたり 明治大正篇』(編著、八木書店、1990年)、『一古書肆の思い出』(全5巻、平凡社、1986-92年)など。反町茂雄が作成した古書の販売目録『弘文荘待賈古書目』貴重書の内容・価格がわかる貴重な書誌学の資料。ジャパンナレッジLib『Web版 弘文荘待賈古書目』で配信中。


■本コラムの初出は、反町茂雄著『本の古典籍 その面白さ その尊さ』(1984年、八木書店)です。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2059

「奈良絵本私考」をのせる反町茂雄『日本の古典籍』

 


■関連イベント

【展示会】奈良絵本を見る!

新天理図書館善本叢書「奈良絵本集」刊行を記念し、個人蔵コレクションより厳選出品の展示会「奈良絵本を見る!」を開催いたします。(入場無料)

室町、安土桃山時代から江戸中期にかけて作られた彩色絵入りの奈良絵本。その数は5千点以上になると言われています。本展では、貴重な個人蔵コレクションから30点を厳選し、黎明期から末裔期まで、およその時代順に奈良絵本の変遷をたどります。原本をご覧いただき奈良絵本の魅力をお楽しみください。

 

<会期>2019年1月10日(木)~1月26日(土)
<展示会開催時間>10時~入場17時まで
<定休日>日曜・祝日※1/20(日)は臨時開催します(19時まで)
※入場無料です。
<場所>八木書店 古書部3階
住所:東京都千代田区神田神保町1-1階