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古書通信

江戸の子供の落書き【日本古書通信 編集長だより31】


二宮金次郎が青年期に学んだ「大学」を確かめるため、「四書」の類を暫く漁ったが、購入した本の欄外に微笑ましい子供の落書きが何点かあり、今の子なら「ドラえもん」や「ピカチュウ」を描くんだろうなと思った。「日本古書通信」9月号の本誌古書部で取り上げた「実語教童子教」も江戸時代庶民の教材故、同じような落書きがある本があった。
私は小中学時代全くの劣等生で、教科書は落書きだらけにしてしまったが、江戸期の教材を見ていると、全く何もないきれいなままの本と、落書きの多い本とに分かれる。その点も今も昔も同じなのだろう。
本誌に「未紹介黒本青本」連載中の木村八重子さんの著書『草双紙の世界―江戸の出版文化』(ぺりかん社・2009)に「此主三田村彦五郎」という一文がある。宝暦明和頃にこの彦五郎少年は多くの草双紙を蒐集しており、現在それらは各所の機関に散在しているようだ。本に自筆で年月と「此主三田彦五郎」と明記してあり、その署名の写真も掲載されている。木村先生によると、彼は挿絵に丁寧な着色を施していることも多いとのこと。
早稲田大学図書館の古典籍データベースで検索すると黒本『鬼海嶋夢物語』(鳥居清経・明和四年)の上巻の一丁に丁寧な彩色をしている。国会図書館にも彦五郎少年旧蔵書が複数あることが分かったが、残念ながら画像公開はないようだ。

今回古書部目録に掲載した本にも丁寧な着色を施した本がある。『註釈絵入実語教童子教』(天明五年・須原屋平左衛門)扉と14箇所の挿絵に見事な彩色を施している。時代は彦五郎少年とほぼ同時期だが、残念ながら旧蔵者名は分からない。
塗り絵は性格が出る。彦五郎君は、名前の分かる最も古い少年コレクターと言えるだろう。何となく頭脳明晰だが、虚弱な面があったのではないかと想像するのは偏見か。試みに、「日本の古本屋」で検索したら、「幕臣三田村彦五郎(延寿)乾板写真」というのがヒットした。木村先生によると、矢来下の住人だったようなので、この写真の幕臣が青年になった少年コレクターかもしれない。画像もなく、とても高額なもので確かめられず残念だ。
今回紹介する落書きの主は二人だが、彦五郎君とは別種の少年たちに違いない。武者絵、役者絵はいかにもだが、義太夫語りと、石垣とお城の屋根の絵も力作ではある。最後の人物像はもしかして異国人かもしれない。百年以上もたって書物好き対象の雑誌に紹介されるとは思ってもいなかったろう。
(樽見博)