• twitter
  • facebook
古書通信

古書業界と明治―としょかんのこしょてん開催 【日本古書通信 編集長だより28】

東京九段下にある千代田図書館で、5月9日(水)から6月26日(火)まで、当社担当のミニ展示会「古書業界と明治」を開くことになった。これは神田古書店連盟の古書店が順番に違った切り口で古書を紹介する「としょかんのこしょてん」の96回目に当たる。お話を頂いて、今年は明治150年に当たるから、当社関連の刊行物を通し「古書業界と明治」というテーマが良いだろうと考えた。
現在はやや存在感が薄れたが、「明治物」は、明治以降古書業界が今日の形を整える中で常に重要な商品であった。幕末から明治20年くらいまでの間に、日本の出版文化は木版刷りの和本から銅版・石版を経て活版印刷へと短期間に大きく変動した。それに従い書物の形、流通制度も変化し、古書業界も出版業界から分離した。その中で「明治物」は、日本の近世文化に西洋文化が浸透していく様を示す魅力的な商品であった。古い物と新しい物が混在する、それが古本屋の世界である。
昭和9年1月、一誠堂書店から独立した八木敏夫が昭和9年に創刊した古書業界誌「日本古書通信」は、昭和12年に一般向け古書趣味雑誌に転換し、今日まで継続しているが、実に多くの明治の書物や雑誌・新聞、明治の錦絵といった印刷物だけでなく、明治文化にまつわる多くの記事を掲載してきた。本誌のブレーンであった木村毅、柳田泉、斎藤昌三、高橋邦太郎氏などが明治文化研究会のメンバーだったことも大きく作用しているだろう。
今回の展示は限られたスペースと、見て頂くという点を考慮して、当社の明治関係刊行書の中からビジュアルなものを中心に選んだ。以下が、それぞれに付した解説である。参観できない方と、記録のためにこの「コラム」欄に掲載しておくことにした。
なお、千代田図書館の開館時間は午前10時~午後10時(土曜午後7時まで、日曜祝日午後5時まで)
比較的長期間であるので、是非一度足を運んで頂ければと思う。
(樽見 博)

1、明治大正昭和文学書誌
川島五三郎・八木福次郎共編『著者別書目集覧』初版・増補版
昭和19年4月20日 六甲書房  定価2円80銭
「あとがき」より 「日本古書通信」誌上に「有名著差別古書価一覧」の第一回を発表したのは昭和十二年十一月の事で、丁度明治本が騒がれ初めたころであつた。それから昭和十六年十月号に亘つて五十二氏の著書目録を発表したが・・・」とある。
また、「私はこの度、十年間の出版界生活に別れを告げて産業戦士として工場で働く事になつたが、計らずもこのささやかな編著がその記念出版となつてしまつた」とある。
「日本古書通信」の創刊者八木敏夫(後に八木書店会長)も、昭和19年応召、改題誌「読書と文献」も、昭和19年12月まで刊行して休刊、八木福次郎は郷里兵庫県明石に疎開した。
本書には64名の作家の著書目録を収めるが、戦後昭和34年に、80名に拡大増補版を刊行した。

川島五三郎編『主要叢書便覧―明治大正及至昭和十年』昭和13年2月 東京古書籍商組合
川島五三郎・八木敏夫共編『全集叢書総覧 四訂版』 昭和40年10月 八木書店
書誌研究懇話会編『全集叢書総覧全訂版 明治初年~昭和48年』 昭和50年2月 八木書店
書誌研究懇話会編『全集叢書総覧新訂版 明治初年~昭和58年』 昭和58年5月 八木書店
以上の他に、昭和16年『叢書全集価格総覧』、昭和17年『叢書全集書目』、昭和22年『主要全集書目』などを六甲書房、八木書店で刊行している。古書業界における全集・叢書類がいかに大きな商品であったかが分かる。全集・叢書の内、揃えるのに苦労する巻があり、それを「ききめ」と言ったが、それを知ることが古本屋にとって大切なことであった時代が、現在のネット社会到来まで続いた。

村上浜吉監修『明治文学書目』 昭和12年2月7日初版・展示書は昭和51年7月・飯塚書房復刻  版
実質的な編集は、前記の川島五三郎が担当した。かつて、近代文学研究者・収集家必携の参考文献であった。戦前、村上文庫として公開されていたが、戦後、そのコレクションはアメリカのカリフォルニア大学バークレー校東アジア文庫に移り、同校蔵三井文庫の明治期刊行書と共に整理保管されている。

2、明治の思想と新聞
三橋猛雄編著『明治前期思想史文献』 昭和51年7月 明治堂書店
三橋猛雄著『雑文集古本と古本屋』 昭和61年3月 日本古書通信社 限定500部
『東京経済大学図書館所蔵三橋文庫目録』 1990年10月 東京経済大学創立90周年記念
かつて、駿河台下にあった社会科学系古書専門店明治堂書店の二代目三橋猛雄氏は、全国古書籍商組合連合会会長を務め、反町茂雄氏らと共に旧東京古書会館の建設に当たるなど、古書業界の発展に尽くした。また、商売の傍ら、明治思想史関係の文献の蒐集研究に努め、『明治前期思想史文献』を著した。慶應元年から明治22年迄に刊行された哲学、宗教、法律、経済書などの、基本書誌事項の他、目次、まえがき、あとがきなどを記録したもの。まだコピー機が普及する前のため全て手書きで記録された。
『雑文集古本と古本屋』は、関連の論文・エッセイ類を集めたもの。三橋氏は、反町茂雄氏の『一古書肆の思い出』(平凡社)を意識して刊行したようだ。収録の中でも「明治前期の女性観・婦人論」は「日本古書通信」に連載された貴重な記録で、『明治前期思想史文献』を補填する。
なお、蒐集された文献は三橋氏の母校東京経済大学図書館に収蔵され目録化された。当時、日本橋丸善にあった「本の図書館」で記念展が開かれたのも懐かしい。該目録は、会場で希望者に無料で配布されたと記憶する。

宮武外骨・西田長寿編著『明治大正言論資料20 明治新聞関係者略伝』 1985年11月 みすず書房
西田長寿さんは、昭和5年から昭和39年まで、東京大学新聞雑誌文庫に勤務された、この分野の研究の先駆者・生き字引だった。退職後も晩年まで文庫と関係された。本書は「日本古書通信」昭和42年から52年まで連載されたものをまとめた、言わば明治期ジャーナリスト人名辞典。宮武外骨稿を西田さんが補筆したことになっているが、実質、西田さんのお仕事と、八木福次郎は生前語っていた。そのような奥ゆかしいお人柄だった。なお、西田さんには名著『明治時代の新聞と雑誌』(至文堂・1961)があるが、初版にはない索引が再版から付されており、購入は再版を勧める。

3、柴田宵曲と森銑三、及び銅版石版画の世界
柴田宵曲『漱石覚え書』『紙人形』『煉瓦塔』 昭和38年~昭和41年 昭和63年再刊
俳人柴田宵曲は、今では岩波文庫にその著作の多くが収められ、小澤書店からも『柴田宵曲集』全八巻が刊行されて広く知られるようになったが、かつては知る人ぞ知る人物、自らもそれを望んだ隠れた文人であった。主宰する俳句誌「谺」を除けば、「日本古書通信」は限られた執筆誌だった。それとても全てペンネームを使用した短文であった。本三部集は、本誌連載の「藻塩草」(昭和24~37)「凸面鏡」(昭和38~41)より、宵曲翁自身が選ばれて編んだもので、装丁は三冊とも木版刷り。『漱石覚え書』が津田青楓、他の2冊は川上澄生。翁を尊敬してやまなかった八木福次郎の気持ちのこもった三部集である。昭和61年に三冊一括の再版を刊行したが、その時に添えた八木の「宵曲本三部集縁起」にその間の事情が詳しく書かれている。

森銑三著『明治写真鏡』 昭和57年10月 限定500部 定価5400円
森銑三著『明治大正の新聞から』 並製本 昭和57年9月 特製本 昭和57年10月
「日本古書通信」連載の「閑人閑語」(昭和29~30)「明治写真鏡」(昭和41~43)を、前記の柴田宵曲三部集と同じ形で発行。金守世士夫氏の木版画装。森銑三氏は柴田氏の盟友、柴田氏の執筆活動を生涯に亘って支えられたと言えると思う。昭和57年9月11日は、森氏の88歳の誕生日で、その日を発行日に、古通豆本『明治大正の新聞から』を刊行、本書もその一連のお祝い出版だった。

森登著『江戸・明治の視覚―銅版・石版万華鏡』 2017年11月 定価10800円
「日本古書通信」連載の「江戸の銅版画」「銅・石版画万華鏡」を通史的に編集して一冊に纏めた労作。江戸末期から明治20年、木版から活版へと印刷技術が変化していくなかで、西洋から移入された銅版・石版印刷が、精彩で陰影のある表現によって、写真製版技術が登場するまで活躍した。しかし、司馬江漢や亜欧堂田善を除けば、その技術者たちの名も仕事も知られていない。本書は著者長年の蒐集資料により、歴史に埋もれた銅・石版画家たちを発掘し、近代日本の黎明期の姿を描く。

4、古通豆本
古通豆本  日本古書通信社 並製本と特製本
7、八木福次郎著『明治文学書の稀本』 昭和45年11月 特製 昭和45年12月
9、沓掛伊佐吉著『明治の貸本屋』 昭和46年8月 特製 昭和46年9月
28、八木佐吉著『明治の銅版本』 昭和52年4月 特製 昭和52年6月
62、63、岡野他家夫著『明治本広告文集』上下 昭和59年5月 特製 昭和59年6月
74、北根豊著『明治新聞雑攷』 昭和61年10月 特製 昭和61年11月
92、岡落葉著『明治大正の文士』 平成2年12月 特製 平成3年1月
古通豆本は、1970年の大阪万博の折に「お祭り広場」で販売するために創刊された。漫画家の宮尾しげを先生のお勧めだった。八木福次郎が、ギャラリー吾八の今村秀太郎氏や青園荘内藤政勝氏らの協力を得て継続、NO141まで刊行した。折からの限定本や豆本ブームの追い風もあったが、内容を全て書物に関する内容に統一、分量は400字原稿用紙30~40枚程度。特製本は内容に相応しい材料を全国から取り寄せて制作した。50冊目と100冊目の刊行を祝う会も盛大に開催。思えばまだ良い時代であった。今回は書名に明治と入るもののみを選んだ。

5、戦時の出版統制
柴田宵曲著『子規居士の周囲』 昭和18年9月 六甲書房 1500部発行
同 社団法人日本出版文化協会の「書籍発行承認書」 昭和18年3月20日
「日本出版文化協会」は戦時中の出版統制団体で、出版内容の確認・承認、及び用紙の配給に当たった。後に「日本出版会」に改組。その発行承認の通知の伝存は珍しいと思う。『子規居士の周囲』は、柴田氏が、アルス版、改造社版『子規全集』の実質的な編纂者としての知見を集めたもので、先に出た三省堂発行『子規居士』と共に現在では岩波文庫になっている。

日本出版会役員委員名簿 昭和18年7月
日本出版協会速報冊子 昭和21年12月
日本自由出版協会入会案内 昭和21年9月
日本出版会は、戦後、日本出版協会に改組、占領期の統制経済下で用紙配給などに携わった。
その日本出版協会に対し、その全体主義的及び戦後の極左的組織運営に対し、日本自由出版協会が設立された。当社も参画した。

6、戦時の古書業界における統制
八木敏夫・川島五三郎編『五十音別古書籍公定価格総覧』第一版 昭和16年2月 日本古書通信社
『古書籍公定価格総覧』 昭和18年8月再訂版 全国古書籍商組合聯合会
大軒順三・田中弥十郎編『公定価格便覧 家庭用品篇』第一輯 昭和15年12月 東洋経済新報社
戦時中の日本は、国家総動員法(昭和13)と大政翼賛会(昭和15~20年)の元、あらゆる分野で経済統制の下に置かれた(商工省)。一点一点保存度合いも違う古書は価格統制の難しい分野だが、古書業界も例外扱いはされなかった。日本古書通信社の創業者八木敏夫を含めた委員会で刊行年代やページ数などを基準に急遽作成したものがこれらの公定価格総覧であった。洋古書も統制されていた。

7、終戦直後の古書即売会
明治大正新体詩書展観入札目録 昭和15年7月 札元・渋谷・玄誠堂書店 主催・東京古書一会
第二回、三回明治大正昭和文芸書即売会略目録 昭和22年10月、23年5月 主催・明治古典会 会場・上野松坂屋
創立十周年記念新興古書展出品目録 昭和22年3月 会場・日本橋高島屋
明治大正昭和三代文豪自筆原稿及書簡出品即売目録 新興古書展 昭和22年12月 日本橋高島屋
新版明治大正文学稀書即売展略目録 昭和24年2月 会場・古書会館
立派な古書目録は残り易いが、終戦直後のこうした目録は失われやすい。上野松坂屋の明治古典会は、毎年夏恒例の「明治古典会七夕市」を主催する明治古典会の嚆矢となった展示会。新興展も現在まで存続、年二回東京古書会館で即売会を開催している和本を中心とする即売会。
第三回松坂屋展における出品のうち、芥川龍之介原稿「河童」102枚(25000円)、谷崎潤一郎原稿「痴人の愛」344枚(25000円)、及び高島屋の三代文豪自筆原稿展の、正岡子規自筆草稿夏目漱石自筆比評付「七草集」(40000円)などは、現在市場に出たら大ニュースである。

8、日本古書通信の歩み
「日本古書通信」創刊号 昭和9年1月
「読書と文献」昭和16年~19年合本
「日本古書通信」戦後復刊号 昭和22年6月
「日本古書通信」通巻1000号(2011年11月号)
「日本古書通信」第83巻4号(2018年4月号・通巻1065号)
「日本古書通信総目次」「同 増補冊」昭和59年1月、平成6年4月
「月刊 全国古本屋聯合綜合古本販売目録」第六輯第一号~十一号合本(昭和15)
「日本古書通信」は、昭和9年1月、一誠堂書店を独立した八木敏夫が、先輩反町茂雄などの協力を得て創刊、当初は業界誌として、東京を中心とする古書の相場速報誌であったが、昭和12年からは、組合の相場公表禁止の方針を受けて、一般向け古書趣味・読書雑誌に編集方針を変更、今日まで、同じ編集内容を継続している。「読書と文献」は、戦時中の雑誌統合令により、並行して刊行していた「全国古本屋連合古本販売目録」を合併、昭和16年から19年12月まで刊行した。戦後昭和22年6月、「日本古書通信」として復刊した。