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出版部

デジタル時代の研究者へ―研究史と参考図書―(浜田久美子)

はじめに

まずは、日本古代史の研究者に耳寄りな情報を提供したい。国立国会図書館デジタルコレクションで容易に閲覧できる古代史研究に有用な文献の紹介である。

A 令集解(清家本)

B 朝日新聞社本六国史 続日本紀(〈淳仁即位前紀~〉)、日本後紀(〈逸文〉、続日本後紀日本文徳天皇実録、日本三代実録(〈貞観16年7月~〉)

C 入唐求法巡礼行記(東洋文庫、1926、東寺観智院本の影印、5冊)

D 大日本地名辞書二版(吉田東伍、冨山房、1907-9、索引)*1971増補版あり

次に、古代史研究者以外にこの内容を説明したい。Aは一点物の写本であり一次史料であるが、B~Dは本の形で出版された出版物である。A~Dの使い方を知る研究者に、わざわざ図書館に行かなくてもインターネットを通じていつでも好きな場所で閲覧できると伝えたかったのである。ここではデジタル技術は紙の資料を見るための方法として利用されている。

このようなデジタルアーカイブの出現は、研究者の研究環境を大いに向上させた。一方で、資料の性格や使い方を知らない人の目に触れる機会も増えた。図書館で長くレファレンスに携わってきた著者は、ネット検索が調べものの主流になるにつれ、図書館員が長く築いてきた調べ方のノウハウが失われていくのを目の当たりにしてきた。その背景に、辞書や年鑑、便覧、文献目録などの参考図書(レファレンスブック)が編集・出版されなくなったこと、これらが「本」として一括して検索されるようになり、一次史料や研究書、論文との区別が不明瞭になったことがあると考える。

著者は図書館員であったが、同時に日本古代史の研究者でもある。図書館員がレファレンスなどで研究者を意識することはあるが、研究者が図書館員を意識することはあまりないと感じている。そこで、ネット社会における調べ方の変化をもとに、今後研究者がなすべきことを考えたい。

 

1.レポートにみる調べ方

昨年、ある大学で集中講義を担当した。一般教養の日本史科目のため、受講生はさまざまな学部の1~4年生で、日本史専攻の学生は多くはない。普段は通信教育で勉強し、集中講義のため大学に来て朝から夕方まで3週連続で授業を受ける。約140人の受講生の年齢は知り得ないが、見たところ、30代以下よりは40代以上が多い印象を受けた。

レポートの課題に、任意の地域(市区町村)が古代律令制では何という国に属していたのかと、その国府の場所(推定地で可)とを調べさせた。提出まで2週間しかなく、仕事などで図書館に行く時間がない人が多いと思われたので、インターネットでの調査も可能とした。回答には出典のほか、調べ方を具体的に書くよう指示した。

その結果、本のみで調べた人は2割強で、ネットのみ、もしくはネットと本の併用が8割弱であった。授業で図書館での調べ方を紹介したので、時間があれば図書館に足を運ぶ人はもう少し増えたであろう。ネットと本の併用者には、ネットで知り得た本を見るため図書館に行った人や、ネットで出た答えに信憑性を求めて本を調べたという人がいた。その反面、本で回答を得たが出版年が古いので念のためにネットで確認したという人もいた。本には確実性、ネットには鮮度が求められていることがわかる。

次に、ネットでの調査は、検索エンジンにキーワードを入れる方法が圧倒的に多かった。古代の国名調べでは、現在の市区町村名と「歴史」や「古代」を掛け合わせ、国府跡の調査では、旧国名と「国府」を掛け合わせて、それぞれ得られた自治体のサイトをもとに回答していた。自治体サイトの選択は、公的機関への信頼性の高さに拠ると思われる。また、wikipediaなどのネット辞書をもとにした回答や、「国府物語」という個人のサイトを利用した回答も複数みられた。

そのほか、旧国名を載せる一節を含む論文を出典とする例や、奈良文化財研究所の「古代地名検索システム」を使用した例があった。後者は、木簡に書かれた地名表記を検索するシステムだが、足立郡など現在の市区町村名が古代の郡名と同様であったため国名が判明したのであり、いずれも本来の用途ではないが偶然見つかった事例となる。

一方で、図書館に行ったものの、何をどう調べてよいかわからず、地名辞典に辿り着いてもなお国府を探すのに苦労したという感想も寄せられた。図書館での調査が段取りや戦略を持たないとできないのに対し、ネット検索は、「とりあえず」キーワードを入れるだけで多くの情報が導き出されるという特徴が明確になった。また、本での調査も参考図書を用いず県史や市史、その他研究書を用いた回答が多く、本、ネットを問わず調査に参考図書を介さない事例が多いことがわかった。

 

2.検索できない研究史

上記の課題を、国立国会図書館デジタルコレクションを用いて県史や市史、国府関係の文献を調査した人がいた。授業でデジタルコレクションの使い方を紹介したので、よく授業を聞いていた人、ということになる。ただし、デジタルコレクションでインターネット公開されている資料は、著作権の保護期間が満了するなど、権利処理が済んだ戦前・戦中期の出版物が多い。例えば、冒頭で挙げたD『大日本地名辞書』は戦前に刊行された第二版で、1971年の増補版は現時点ではデジタルコレクションでは閲覧できない。しかし、研究には最新の成果が必要となるため、1971年版を図書館で見る必要がある。

このように、無料で手軽に利用できる資料は、刊行年が古いなどそれなりの理由がある。最新の研究成果を得るのにコストや手間がかかるのは、研究者の日々の努力で更新される研究史を尊重するなら当然と考えるべきであろう。だが、「最新」「最前線」と銘打つ十年前の情報もあるように、ネット情報は過去と現在の時間軸が不明瞭で、研究の発達段階がわかりづらくなっている。

さらに、研究者が探すのに苦労するのが、「こういう説を述べている論文はないか」「この史料をこのように解釈している論文はないか」という内容からの検索である。GoogleBooksにキーワードを入れてある程度探すことはできるが、瞬時にかつ網羅的に探すのは無理である。この歴史学研究の膨大な研究史の中から、必要な情報を整理する方法こそが、ネットにはできない方法であろう。それゆえに、研究史をどう整理し伝えていくかが研究者に問われている。

 

3.参考図書の価値 ~むすびにかえて~

ネット検索は、調査の段取りや戦略がなくても、偶発的にでも情報を見つけることが可能であるが、これでは、調査の過程に注意を払わないことになる。たとえネット検索でも、事前に段取りや戦略を持つことは必要であろう。

そのために参考図書の存在は重要となる。まず参考図書で概念整理を行い、そのあと各論に踏み込むことで、体系的な理解が可能となる。参考図書は、最新の研究成果の反映であり、ネット検索の盲点となる研究史や学説整理を補うものである。

しかし、歴史系参考図書の出版は減少傾向にある。例えば、「参考図書紹介」(国立国会図書館リサーチ・ナビ)を「日本史」で検索して出版年順に並び替えてみると目新しい辞書が少ないことがわかる。個別研究が増え、出版不況もあり、大部な辞書を編纂するのは厳しいのが現実であろうが、良質な参考図書の編纂が待たれる。そして、研究者はネット情報の海から参考図書、研究書、史料集などの情報整理を行い、それぞれの使い方を丁寧に後学の者に伝えていくべきである。


■浜田久美子
国立国会図書館司書を経て、現在は早稲田大学・法政大学・高崎経済大学非常勤講師。専門は日本古代史。
[主な著作]『日本古代の外交儀礼と渤海』(同成社、2011年)、『訳註 日本古代の外交文書』(鈴木靖民・金子修一・石見清裕氏と共編、八木書店、2014年)、「人文系レファレンスの実践」(『図書館雑誌』109(9)、2015年)など。
[図書館員にお勧めのレファレンス・ツール]
人文リンク集(国立国会図書館リサーチ・ナビ)
日本史に関する文献を探すには(調べ方案内)(同上)
正倉院文書(調べ方案内)(同上)
出版年鑑(国立国会図書館デジタルコレクション)
人事興信録(国立国会図書館デジタルコレクション)

(2018年4月10日更新)