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古書通信

著書目録について【日本古書通信 編集長だより26】

本誌2,3月号に俊野文雄氏による「田中美知太郎書誌」を掲載した。本来、博士の全生涯・没後も含む著作年表、著作目録、参考文献などからなる未刊の膨大な書誌で、今回はその内昭和18年から22年までの書誌を抜粋・再編して頂いたものだ。御覧頂ければわかるように、通常の書誌とは趣が違う、私的な観想を含む、読む書誌となっている。書誌類は好きな人にとっては魅力的なものだが、無味乾燥と取る人も少なくない。年譜も同様で、客観性が大切なのだが、自身で作ってみると分かることだが、実は製作者の対象者に対する考えや、作成者の個性が極めて強く反映されるものである。今回の「田中美知太郎書誌」は、俊野氏の抱く田中美知太郎像が客観性を重視しながらも、端的に表れた紛れもない作品と呼ぶべきものである。
特定の個人を対象とした研究をする場合、まず、年譜と著作目録を作ることが大切と言われる。先行書誌は勿論参考にすべきだが、孫引きによるものも多く、理想として著作類は独自に集めるなり、図書館で現物を確認するのが鉄則である。書籍に限っても完全蒐集は難しく、雑誌掲載の物まで全て現物確認するのは並大抵の努力では達成できない。未見のものはその旨表記して進めることが肝要と言える。
著作年譜は、編年的に著作を表記するものだが、年表式で一覧にまとめる方と、年譜的に羅列していく方がある。著作が少ない場合は年譜的でも問題ないが、夥しい著作がある場合は、年表式の方が調べやすい。生活年譜に著作表記が入るのは良いが、これも著作全てを挿入するとその人生を概観する年譜としての要素が逆に薄れてしまう。生活年譜のなかに、どの著作を入れるかは製作者の考えが反映されるわけである。
一昨年、当社から発行された関根和行氏の『増補・資料織田作之助』もA5判、770頁にも及ぶ膨大なもので、書名に「資料」が付く由縁として、単行本や全集に未収録の作品・文章類はそのまま収録した未刊資料集でもある。参考文献も、少しでも関係のあるものは全て目録化している。著作の書誌も書名、発行年月日、版元、装丁者、頁数、定価の他、あとがきや解説も収め、それぞれの初出や後に解説者の著作に収められている場合はその点も記載されている。逆に解説が再録の場合は、その旨のみを記している。そのように徹底した内容なのだが、昭和53年に一度刊行された本の増補版のため、表記法や収録内容を前著に合わせる関係で、これだけ詳しい書誌にも関わらず、それぞれの書籍の判型表記が無い。書誌調査の折、方針を決めてあるはずだから、改めて記載事項を追加するのは難しい。調査し始める段階でどう方針を決めるかは書誌作成上大切なことだ。
一昨年八木書店から刊行された『菊池寛現代通俗小説事典』(片山宏行・山口政幸監修、若松伸哉・掛野剛史編)に収録された「単行本書誌」(掛野編)は、編者が菊池の通俗小説と見なした作品46作品を収めた単行本の書誌だが、それぞれの確認し得た重版本の版数と刊行年月日、所蔵先を入れて記載しているのは、対象が「通俗小説」であるので、その需要の様子を示す実験的な試みとして高く評価、注目されるものである。ただ、重版調査は確認できたものの範囲であることは注意を要する。
著作目録は基本的には初版を基準に再録するが、難しいのが増補版や改訂版、あるいは改題の取り扱いである。本誌3月号で、「田中美知太郎書誌」に刺激されて、以前から機会があれば掲載したいと考えていた「土井虎賀寿著書目録」を掲載した。かなりの率で完集していると考えていたが、改めて調べると多くの蒐集漏れがあるのが判明した。集めるべき冊数は少なくても完集は難しいことを痛感すると同時に、改めて書誌としてまとめる意義も感じた。採録上で気になったのは、昭和25年ころに、三笠書房から「世界文学叢書」としてニーチェの「ツァラトーストラかく語りぬ」「この人を見よ」「悲劇の誕生」「力への意志」を翻訳出版しているが、カバーと、「学生版ニーチェ全集」と銘打った帯を付け替えて販売していることが現物で確認できる。しかし図書館などではカバーや帯は外して保存するから、現在「学生版ニーチェ全集」で探しても出て来ない。因みに『出版年鑑』には記載されている。今となっては帯を付けて「学生版ニーチェ全集」がいつ販売されたか分からない。「日本の古本屋」に『悲劇の誕生』が「世界文学選書」として、カバー帯付きで出ていたので注文したが、やはり所持本と同じく帯には「学生版ニーチェ全集」とある同じものだった。書誌記録上は奥付を基準にするのが鉄則であるから、その古書店を責めることは出来ない。
土井の研究書としては初めての著書『「ツァラトーストラ」羞恥・同情・運命』(岩波書店)は、戦後、評論社から新版の序を付けて再版されている。同じく、評論社から『哲学的思索への初歩論理学』『ゲーテのヒューマニズム』も刊行されているが、国会図書館デジタルコレクションを検索、『哲学的思索への初歩論理学』が、昭和12年刊行の『原初論理学』(ナカニシヤ)の再版と分かった。国会図書館未所蔵の『ゲーテのヒューマニズム』も、既刊書の改題再版の可能性があるような気がする。『ゲーテとニーチェを結ぶもの』(昭和23・創元社)は、昭和14年の『触覚的世界像の成立』を絶版にして、その中から2編を選んで戦時中の未刊の論考を追加して刊行したと本人が序文で書いている。尚、論考「触覚的世界像の成立」は、昭和24年の『ニーチェの精神伝統』(新月社)にも収められている。そうした内容的な著書と著書の関係にも触れられれば良いが際限がないとも言える。ともかく、不完全ながら書誌を作成してみて初めて分かることは多い。
最後になるが、著書目録なり著作目録は、印刷されたものを基準にしている。そこに絶対的な信頼を置いているわけである。ただ、これからは初出がネット上ということも増えるだろう。著作が搭載されたネット上のサイトが無くなった時、データも消えてしまう。国会図書館もネット情報の記録をどうするか問題としているようだ。今後、ネット上の過去の著作はどのように調査して行くか、時間が経てば経つほど難しくなりそうだ。


(樽見博)