広島県立文書館の大坂金蔵勘定帳のこと 大野瑞男(東洋大学名誉教授)
『江戸幕府大坂金蔵勘定帳』(八木書店・史料纂集古記録編第191回配本・2017年6月刊行)を出版してすぐ、広島市にお住まいの三浦忍という方から電話を頂いた。そして同氏から安佐町郷土史研究会会報『ふるさと安佐』第八号(2017年7月1日)が送られてきた。氏は同研究会に所属されるとともに、近年は広島県立文書館文書調査員として活動されておられる由である。
論考の中に、「旧久地村の住人日詰吾朗の生涯」と題して筆者名二代目三浦多右衛門とあり、筆者は三浦忍氏のことである。
論考によれば、2014年7月16日、日詰悟氏から三浦氏に電話があり、訪れると一冊の古い書冊を示された。表題には「享和二戌年(1802)分大坂御金蔵金銀并灰吹銀納払御勘定帳」とあり、今回出版した三冊の史料の一に掲げた書冊の出現であった。三浦氏はこの書冊を預かり、翌17日広島県立文書館に持参、総括研究員の西村晃氏に見せ、結局所蔵者の日詰悟氏から同館にそのまま寄贈されたのである。後にこの事実は同館職員下向井祐子氏からご子息で三井文庫研究員の下向井紀彦氏に伝えられた。
これより以前の2014年4月、三井文庫より私宛に『三井文庫論叢』第四七号が送られてきた。これには近世経済史料研究会が「天保期幕府財政の新史料(一)―天保四年「大坂御金蔵金銀并灰吹銀納払御勘定帳」納の部―」を掲載していたので、幕府財政を研究している私に恵与されたのである。早速私は三井文庫を訪れ、この史料の撮影を行った。5月1日のことである。この史料は、2010年6月大阪の古書店から購入された由である。天保四年は1833年である。私は同時に同文庫参考図書の中から「享和三亥年(1803)分大坂御金蔵金銀拝借帳」を見出し、撮影を行った。
2014年12月(実質翌年3月発行)『三井文庫論叢』第四八号には「天保期幕府財政の新史料(二)」として渡の部が掲載され、この間何度か同文庫を訪れていた私は、下向井紀彦氏からこの勘定帳と同じような史料が広島県立文書館に入ったことを知らされた。よって母堂祐子氏に電話を掛けると西村晃氏から詳しい連絡があり、2015年5月11日広島県立文書館に赴き、「享和二戌年分大坂御金蔵金銀并灰吹銀納払御勘定帳」の閲覧撮影を行ったのである。
この帳面の裏表紙裏の別奥書によると、慶応4年(1868、明治元年)正月17日、戊辰戦争で大坂城攻略に加わった広島藩の日詰瓣蔵(その後日詰吾朗と改名)が大坂落城の際、この帳面と蔵屋敷図や具足・鉄砲・陣羽織等を得、国元に逓送したとのことを、明治13年(1880)8月広島県沼田郡久地村(現広島市安佐北区安佐町大字久地)居住の日詰吾朗が記載している。日詰吾朗は天保12年(1841)に生まれ、家業の木挽商を営んでいた。天通無類流高森兼綱の門弟で武道芸に励み、農兵に取り立てられ、戊辰戦争に従軍した。当時数え28歳、なお吾朗は前年にも京都警衛、帰国後また会津征伐を命じられている。
先ほどの「旧久地村の住人日詰吾朗の生涯」を読むと、日詰悟氏は日詰吾朗氏の孫に当たり、その書冊は代々当家に伝わり、仏壇の傍らに置かれていたので仏典と思っていたが、そのうち表紙や奥書から仏典ではないと知った。内容のよく分からぬ古ぼけた本でゴミとして処分しようとしたが、夫人和枝さんに止められたそうである。夫人は実家が長野県で和紙業を営んでおり、和紙や筆字に興味を持っていたので、冊子の紙質や筆致から只物ではないと思い、廃棄を思いとどまらせ持ち来ったそうで、三浦氏が文書館の委嘱を受け、古文書調査を開始した矢先の連絡であった。
日詰悟氏の話によれば、当初6冊あり、2冊が近隣の親類に渡ったが火災で失われ、残る4冊も1943年の水害に流失し、うち1冊がかろうじて残ったとのこと。紙面の一部に水のにじみ跡がある。戦後(1970年代であろうか)、広島大学に持参して見て貰ったが、理由が分からないが返却されたそうである。
大坂金蔵拝借帳の記述によると、大坂金蔵勘定帳が少なくとも近世後期には毎年大坂において作成され、江戸の幕府勘定所へ提出、老中・若年寄・勘定奉行・勘定吟味役・勘定組頭の査閲・奥書を経て大坂に返されたもので、偶然享和2年と天保4年の2冊が湮滅をまぬかれて今回発見・紹介されることになったのである。幕府財政の重要な正本で、多数の計算も詳細かつ全く誤りのない正確さはさすがである。広島における発見・公開に感謝する次第である。
大野瑞男
1931年生まれる。東京大学大学院修士課程修了。博士(文学)。
文部省史料館研究員・国文学研究資料館教授・東洋大学教授を経て、東洋大学名誉教授。
大学では文学部長・教務部長・学長補佐(副学長)・理事を歴任。
日本歴史学会評議員(元理事)。主要著書は江戸幕府財政史論・榎本弥左衛門覚書・史料が語る日本の近世・江戸幕府財政史料集成(徳川記念財団特別功労賞受賞)・松平信綱・江戸幕府大坂金蔵勘定帳。
【6/20刊】史料纂集古記録編 第191回配本 江戸幕府大坂金蔵勘定帳