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出版部

平安貴族の日記を読む(明治大学 加藤友康)

m9784840622981平安時代史の研究は、「古記録」と呼ばれる平安貴族たちが残した日記の分析・研究を措いては成り立ちがたい。平安時代の政務や儀式、また文化や社会の構造の実態を解明し、平安貴族の行動様式を解析するときに欠くことのできない、貴族社会の実態を記した貴重な史料といえる。

文字によって記され情報伝達の機能をもった文献史料のうち、特定の発信者と受信者との間に意思の伝達を行なう目的の古文書や、特定の意図をもって不特定多数に対して情報の伝達を行なう著作物とは異なり、日記は公私を問わず後世への情報の伝達という要素はあるものの、原則として自己の備忘のために日々記されたものである。

日記は、公的な日記と私的な日記に大別できる。公的な日記とは官人の職務に伴って記録されるもので、「外記日記」や「殿上日記」が代表的なものである。一方、私的な日記を記すことは、九世紀以降、天皇や貴族層の間でも盛んに行なわれるようになっていく。

貴族の日記に記載された内容は、主として公事である宮廷の政務・儀式の記録であって、彼らがのちのちの参考とするために記録したという性格が強いものであった。そのため、第八輯に収録する『小右記』のように六十年以上にわたって書き継がれた日記もあった。日記は政務・儀式に参画する記主の視点から記述されるという限界をもつが、それ以上に出来事の推移を明らかにし、その全体像を理解できることが長所である。

『小右記』の記主藤原実資は、上卿としての職掌とかかわって陣定に参加した公卿たちの発言や定文を書き記し、太政官符発給の宣者となったことによってそれを書き残しており、のちの利用を想定し情報を保存していく意欲をみることができる。保存された情報は子孫へと伝領され、彼らもそれを利用していた。藤原道長の『御堂関白記』自筆本の検証から、利用の利便性のため後世折本状にされその後現状の巻子状に改められたことも指摘されている。

このような事例にとどまらず自筆本はさまざまな情報をもたらしてくれる。「家記」として日記が伝領され、それを伝える「日記の家」があらわれてくる一方で、日記の写本が作成され貴族社会に流布したことは、時代とともに先例として日記に引かれる日記の種類・数量が拡大していくことによっても知ることができ、それはまた日記そのものの貸借や書写抄出による情報提供などを通じた貴族社会のネットワークを分析する有効な素材ともなる。

一九七〇年代までは「特殊な研究分野」とされてきた日記研究の近年における展開は、『史料大成』に加えて『大日本古記録』『史料纂集』などの翻刻史料集の刊行の進捗や、影印本の刊行、逸文の収集など、研究環境の整備がその基礎にある。今回影印刊行される『小右記』『水左記』『台記』(『宇槐記抄』『宇槐雑抄』『台記抄』)はいずれも日記のあり方の諸類型を示す良質で貴重な史料である。

『小右記』は自筆本が存在しないなかでもっとも古い写本の一つであり、写本作成段階での朱書による見出し・誤写の校訂・傍注を高精細カラー印刷によって鮮明に見ることができるようになった。また具注暦に記された源俊房の『水左記』自筆本からは多様な書き入れの形態も知ることができ、新しい歴史情報を得ることができよう。さらに儀式の詳細な記録を書き留めている藤原頼長の『台記』の室町期の抄出本である『台記抄』での正月除目の類聚をはじめとして、抄出本によって本記の欠失を補うことができるものもある。

今回の影印刊行は平安時代日記研究のより一層の成果を生み出す契機となるであろう。

尊経閣文庫 建物外観

尊経閣文庫 建物外観

尊経閣小右記

小右記

主な平安古記録の収録年表1

*小社刊・尊経閣善本影印集成第8輯「平安古記録」の内容見本より転載いたしました。


 

・尊経閣善本影印集成第8輯「平安古記録」の詳細・ご購入はこちら
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2124

・尊経閣善本影印集成第8輯 56冊 『小右記』1 の詳細・ご購入はこちら
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/196

 


SONY DSC加藤友康(かとう ともやす)

1948年、東京都生まれ。
東京大学大学院人文科学研究科国史学博士課程中退。
東京大学史料編纂所を経て、明治大学大学院文学研究科特任教授。

〔主な著書〕
『古代文書論―正倉院文書と木簡・漆紙文書―』(共編著、東京大学出版会、1999年)
『日本の時代史6 摂関政治と王朝文化』(編著、吉川弘文館、2002年)
『世界各国史1 日本史』(共著、山川出版社、2008年)
『古代山国の交通と社会』(共編著、八木書店、2013年)