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出版部

史料の利用と保存のいま・むかし(京都市歴史資料館 井上幸治)

m9784840622134平安時代といえば、和歌や十二単に代表される華麗な王朝文化であったり、藤原氏を中心とした権謀術策のうごめく政治史であったり、といったイメージが強いのではないでしょうか。

しかし実際に平安京で働いていた多くの人々は、そのような世界とは縁遠い存在でした。2月に刊行した拙著『古代中世の文書管理と官人』では、そのような平安時代の実務官人を主たる研究対象としています。

とはいえ、実務官人といっても多種多様です。主に取りあげたのは、太政官に所属する実務官人の外記(げき)・官史(かんし)ですが、彼らはいわば、当時の国家中枢で働いていた事務官僚といえるでしょう。

事務官僚といっても、彼らの仕事は、決してはなばなしいものばかりではありません。たとえば、政治家である公卿がものごとを決める時、その参考資料をつくったり、また決定内容を伝達するための書類をつくったり、時には儀式会場で出欠確認をすることもあります。このような仕事は、現代でもいたるところで見られるでしょう。エクセルでの表作成、電話・メール、受付・・・。太政官の外記・官史らは、このような事務的な仕事を担っていました。

本のタイトルにも入っている文書管理は、そのような事務的な仕事の一つです。当時の文書管理とは、作成した文書の控えをとっておき、それを保管することでした。当時、命令は対面して口頭で伝えたり、文書によって伝達したりしました。控えが自動的に保存されるわけがありませんから、担当者は文書を2通つくって1通を保管したり、いつ、誰に、どのような内容を伝えたかメモをとっておいたり、などの作業が求められました。しかも重要なのは、これらの情報をきちんと整理しておかないと、必要な時に必要な情報を探しだせないということです。これは意外と大変だったのではないでしょうか。

もちろん、すべてを真面目につくり、保管していると膨大な量になります。そのため、古くなるなどして、必要のなくなったものは廃棄されます。また需要の少ない文書ならば、初めから省略ヴァージョンで記録されます。限られた空間に効率よく保管するため、工夫しているのです。このように当時の文書管理には、保管するという作業と、それらを整理するという作業とがありました。

これらの作業をすべて、外記・官史だけで担っていたわけではありません。文書管理の現場をささえたのは、外記・官史の部下である史生(ししょう)でした。細々とした作業、特に整理にかかわる作業は、彼らがおこなったと思われます。そのような作業の中で重要なものに、「繕写(ぜんしゃ)」があります。傷んだ文書を繕ったり(補修)、写本(複本)をつくったりするのです。

控えの史料を保管する場所は、史料そのものの性格・形態・重要度などによって振り分けられていたようです。ただいずれの場所でも、文書だけを納めていたわけではなく、日記や帳簿も収蔵しています。過去のできごとについて調べる時には、それらの収蔵物を何度も読み返しますし、儀式や政務で必要な場合、現場に持参することもありました。しかし、かけがえのない史料であれば、原本を軽々しく扱うわけにはいきません。なぜなら、持ち運ぶことには、紛失・盗難の危険がともないますし、何度も使えば破損して、最悪の場合、大事なところがわからなくなってしまうかもしれないからです。

そこで必要となるのが、「繕写」です。何回も読み返して破れたり、綴じがほころびたりなどした書類は、繕って修繕します。また貴重な史料は、可能な限り原本を使わないにこしたことはありません。どうしても必要な場合は、筆写・校正して正確な写本をつくり、それを使用したようです。

貴重な史料を、使いつづけながら後世に残すこと。それが彼らの仕事でもありました。

このようなことが明らかになってくると、私には、千年前の実務官人が非常に身近な存在へと変わってきました。というのも私は、京都市歴史資料館というところで働いているのですが、資料館では、収集したり寄贈したりしていただいた古文書を保存するだけでなく、市民・研究者が利用しやすいよう史料の写真版を作成しています。さすがに傷んだ古文書の修復まではできませんが(専門の業者さんにお願いしています)、写本の作成をしている点は、史生とまったく同じといってよいように思えるのです。平安時代には手書きで写本をつくっていましたが、それが現代では写真での複製に変わったのです。

貴重な古文書を保存しながら、利用する。この二律背反をクリアーするもっともよい方法の一つが、複製でしょう。結局、平安時代の官僚も、現代の資料館も、同様の問題に直面して同じことをめざせば、同じような解決策にたどり着いたということではないでしょうか。

傷んだ文書を前にして、どうやって補修しよう?と悩んだり、貴重な史料を使う際、早く複製をつくろうよ!と対策を練ったりする外記・官史・史生らの姿は、全国の博物館・資料館・文書館における担当者の姿と重なるように思えてなりません。

こうした平安時代以来の歴史の叡智を『古代中世の文書管理と官人』で取りあげました。ご覧いただければ、幸いです。

*本コラムで取り上げた書籍の詳細、ご購入はこちらから

m9784840622134井上幸治著『古代中世の文書管理と官人

文書はだれが作成し、どうやって保管したのか?
前近代の文書の記録と管理=アーカイブを担当した
実務官人に注目し、古代から中世への移行期の実態と、
中世公家政権の成立事情を明らかにする!

A5判・上製・カバー装・480頁
本体9,000円+税

 

 

 


 

井上先生顔写真井上幸治(いのうえこうじ)
1971年 京都市に生まれる
1994年 立命館大学文学部卒業
2000年 立命館大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了。博士(文学)
現在,立命館大学非常勤講師・京都市歴史資料館嘱託職員

 

 

〔主な著作〕
外記補任』(続群書類従完成会,2004年)
「承久の乱後の京都と近衛家実」(『年報中世史研究』39,2014年)
「九条道家政権の政策」(『立命館文学』605,2008年)
「戦国期の朝廷下級官人」(『戦国史研究』54,2007年)