樋口一葉の日記など 【紙魚の昔がたり18】
(八木) それで、そのうちに何か埋め合わせするからってことだったんですが、まだ何もない。……それでその時の目録は現在でも私の手元にあります(笑い)。もうひとつ別の失敗談があるんです。終戦後の、第一回の芥川賞をもらわれた由起しげ子さんの受賞作で、「本の話」という題の小説があります。そのモデルになってしまった。だいぶ大きな損害を受けた記憶がありますが、長くなるから略しましょう。
それこれの失敗もありましたが、いい仕入れはたくさんありました。小杉天外さんの蔵書、鈴木三重吉さんの蔵書、それに博文館の大橋新太郎さんの、一葉関係の原稿や手紙の一括だとか……。
(反町) 鈴木三重吉もそうですか。
(八木) ええ。三重吉さんの子供さんから頂いたんですが、この中には、瀬石自筆の「猫」の死亡通知の葉書なんかがありました。「猫」の死亡通知は、もう一枚名古屋でも買いました。漱石は全部で四通出したそうですね。その四通のうち二通は、私が扱ってるんです。大橋さんから買った一葉関係の一括というのは、一葉自筆のものは少なくて、大部分は、妹の邦子さんが一葉の死後、大橋家にいた時に、一葉の日記などを写して置いたものでした。それを私は一葉の自筆だと思って買ったんです。塩田良平先生に見てもらったら、これは、君、邦子さんの写本だ。しかし樋口家にある自筆日記が、どういう理由か、ところどころ破られて無くなっている。この邦子さんの写しには全部あるから、学問的には重要なものだ。一葉じゃないから、価格としては安いんだろう、という話。そこで、安く見切って一括で、塩田先生が教授をしておられた大正大学に納めました。
もうひとつ面白いのは、津軽のお客さんで、りんご林をたくさん持っている人から、肉筆の鷗外の俳句の幅を買いました。鷗外は和歌の幅はありますが、俳句は極く少ないものです。これは鷗外全集の巻頭に載っています。あの頃は実にいろんなものを買いました。野村胡堂先生に買って頂いたのですが、島崎藤村の『若菜集』の「五人の乙女」の藤村の自筆のを、一節ずつに切って軸装にしたもの、全部揃っていて、見事なものでした。
終戦直後に大阪の松坂屋古書部をやっておられた小関さんから、樋口一葉の「たけくらべ」の、『文学界』に載った原稿を買いました。持って帰ったところへ、勝本清一郎さんがひょっこり来られて、是非わけてほしいと、持って帰られました。「たけくらべ」は、『文学界』に七回に分載されたものですが、その一部分を既に持っておられて、私が買って来たものと合わせたら、大体が揃うということで、とても喜ばれました。
(反町) 勝本さんという人は、勝れた蒐集家でしたね。
(八木) 情熱の人でした。